私だけがこんな生活をしているなんて。ずるい。みんなずるい。
だから私は、理想の「私」でいることに決めたのだ。このピクトダイアリーの中でだけは。
「あのー、八ヶ夏さんてぇ、お休みの日とかは何してる感じのヒトなんですかぁ?」
オフィスの自席でホカ弁を食べている私に珍しく話しかけてきたのは、入社三年目の後輩、白川愛美だった。
「え。え。え。や、休みの日、です、か?」
相手は後輩なのに、思わず敬語が口をついて出る。緊張からかご飯がなかなか飲みこめず、危うく咳込みそうになる。昼休みに職場で話しかけられただけだというのに、なんて無様なのだろう。恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になっていくのが自分でもはっきりと分かったが、白川がそれを気に留める様子はない。
「はい。八ヶ夏さんっていつも独りでお弁当食べてるし、あんまりお話もしてくれないから、なんか謎だなーって」
そう言って屈託なく笑う彼女の口元には、きれいに矯正された白い歯が覗く。それを包みこむ柔らかそうな唇は薄いピンクのルージュで彩られ、さりげない色気を演出していた。
私は、彼女が大嫌いだった。
水も弾きそうなすべすべの肌、栄養の行き届いたハリのある髪、血統書つきの猫みたいな甘い声。もし彼女の身に何かあれば、世の男達は喜び勇んで彼女の僕(しもべ)となり、全力で戦ってくれることだろう。そして、彼女自身もそれをよく知っているはずだ。私が決して持つことのできない「オンナ」の全てを、生まれながらに装備しているのだから。おまけに子供の頃はアメリカで暮らしていたとかで、英語までネイティブレベルらしい。
「先週は、えっと…えっとね、そうそう、ライアットホテルにお泊りしてたかな」
もともと大きな白川の眼がさらに大きくなり、ほとんどまんまるになる。しまった、と思った時にはもう既に遅かった。
「えー、うそー! 意外ですぅー! 私てっきり、八ヶ夏さんって家でいつもアニメとか見てるヒトかと思ってましたぁ」
そんなことを全く悪びれず口に出せる彼女も嫌いだ。もっと言えば、口に当てた指先を彩る白と淡いピンクのガーリーなフレンチネイルも嫌い。彼女の自信が結晶になってできたもののような気がするから。
「…うん、会社では、あんまり言ってないからね、そういうこと」
危険な橋を渡っていると頭では分かっていた。私の脳内では、ビャーゴン、ビャーゴン、と警告音がけたたましく鳴り響き、黙りなさい、今すぐその会話を止めて黙りなさい、と停止命令が出され続けているのに、口はまるで誰かに遠隔操作でもされているみたいに言うことを聞かず、ベラベラと喋り続けていた。
「独りでそういうところ泊まるのも、けっこう楽しいよ。部屋でシャンパン飲んだりして、ゆっくり過ごしたりとかね。友達みんなで遊ぶのもいいけど、三十過ぎたらやっぱりそういう時間の使い方も自然としてみたくなるっていうか、だんだんアリになってきちゃうんだよね」
「うそー! すごいですぅー。私もそんなことしてみたいですぅー」