アハハと笑いながら、彼女は歩き始めた。僕は彼女の隣にかけて、一緒に歩き出す。
「お母様の暗殺者?」
「父が私を溺愛していたから、それを恨んで暗殺者を雇って殺そうとしたの。結局うまくいかなかったけど今頃は死んだと思って喜んでいるのかな」
なんでもないことのように話すが、僕は愕然とした。そんな凄まじい出来事が起きているように彼女から感じなかった。彼女はいつも笑って、楽しそうに過ごしていると思っていたから。
そんなことを考えていたら、それを見て彼女は笑った。
「そんなすごいことなんて起きてないよ。人なんだから、憎しみや妬む気持ちがあって同然だし、その分楽しいことも嬉しいこともいっぱいあるもの。まぁ、その気持ちに任せて、人を殺そうとは思わないけど」
どこか達観している様子に、寂しさを感じた。
いつの間にか、彼女が以前眠っていた、開けた場所にたどり着いていた。
「この場所、好きなんだ。なんか落ち着く。ここでずっと眠っていたからかな」
彼女の肌は月夜を浴びて白く光っているようで、夜風は彼女の黒髪を優しくなでた。
そこに立つ彼女はきれいで、すぐにでも消えてしまいそうなはかなさがあった。
思わず手を伸ばそうとしたとき、彼女はこちらを振り返った。
「私、眠っているときに夢を見ていたの。…誰かにキスされる夢」
驚きすぎて言葉も出なくなった。
思わず下を向いたが、僕は今、どんな顔をしているのだろうか。
真っ青になっている気がする。
「顔はいつも分からなくて。私が目を開けると姿がいなくて、目を閉じるとまたキスされるの。変な夢だよね。…でも」
彼女の影で彼女が僕の近くまで来たのが分かった。
「そのキスがとても優しくてなんとなく甘い味がして、この人、私のことが本当に好きなんだって感じられた」
彼女の顔が見たくて、顔を上げた。すると、リンゴののような頬になった彼女が僕を見つめていた。
「その人の顔が見たくて、見たくて仕方がなかった。今度こそって思って、目を開けたら目の前に王子様がいたの。それで長い間、眠りについていたのを知ったわ。私は、王子様が夢の中でキスをしていた人なのかなって思ったの。…だけど、違ったんだね。王子様はあのとき初めて、この森を訪れたんだから」
彼女は膝をついて、僕の顔をのぞき込んだ。
「眠っている私にキスをしていたのってあなた?」
「…どうして?」
「最初は、私が変な夢を見ているのかなって思ったんだけど、キスするときに唇の感触が生々しいかなって。…それで、あなたかなって直感で、かまかけてみた。分かりやすい反応だったね」
顔の温度が上がっていくのが分かる。口を開けるものの、なかなか言葉が出てこない。
心臓の脈が耳に響いているみたいに大きく早くなっていくと感じる。
「ねぇ、ブルー」
声をかけられ、ビクッとして、もう1度彼女の顔を見る。
「今でも、あなたは私のこと好き?」