「誠司くん、顔を上げなさい」
厳格な父だ、と佳子からは再三聞かされていた誠司。どやされると思って怯える。恐る恐るに顔を上げた。佳子の父は微笑んでいた。
「誠司くん、ゲップは元気な証拠だよ。ゲップも大物だったけれど、こんな場所でゲップを出せる誠司くんはきっと大物になれる。これからも娘を、佳子の事を宜しく頼むよ」
あの時に感じた義父への感謝を今の誠司はすっかりと忘れていた。当時の誠司は金もなく、今以上に人が苦手で、あがり症で、佳子の両親とまともに会話も出来ない男だった。今の田中と何ら変わらない男だったという事だ。しかし、「娘を宜しく頼む」の言葉が誠司の生き方を変えて、結果的に幸せ溢れてる家族を築く事が出来たのだ。
本当にこの男を私が殺して良いのだろうか。
誠司の心は揺らぎ始め、己に問いかける。
私はお義父さんのように寛大な男になれるのだろうか。
結婚式は終盤を迎えた。
誠司は田中の両親と共に皆の前に立たされた。緊張のせいで両手が汗ばむ。ズボンのポケットにはいつでも田中を殺せるようにナイフは入ったままだった。愛子は涙ながらにセロハンテープなしの本物の花束を誠司に渡した。赤とピンクと白の薔薇が誠司の前で咲き開いている。誠司の目から熱い涙が流れた。
「それでは新婦のお父様より何か一言お願い致します」
司会者の女は言った。
誠司に突然のスタンドマイクが向けられた。そんな枠が用意されていたとは知らず、言葉の用意はしていなかった。静まる会場を見渡すと皆が誠司に注目していた。誠司は頭が真っ白になった。その視線を田中と愛子に戻すと愛子は今もなお泣いているが、田中は恥ずかしげに下を向いていた。誠司はマイクを横に退かして、田中の前に近づくと田中の肩にそっと両手を乗せて微笑んだ。
「田中くん、ありがとう。私が言うのも何ですが、もっと自分に自信を持って下さい。私はあなたを信じます。私の大事な娘をこれからも宜しく頼みます」
田中は下を向いたまま、深く頭を下げて誠司に向かって礼を言った。
「約束します。頼りないように見えるかも知れませんが、僕が愛子さんを一生幸せにします」
強く照りつける夕陽。優しいそよ風。右手に花束を持ちながら家路に向かって歩いてゆく誠司。影は誠司の何倍にも長く後ろに伸びていた。
家に着くと花束を仏壇の左側に立てかけた。
折り紙の花と本物の花。娘から貰った二つの異なる花が仏壇を、佳子を、左右から華やかにした。
「佳子、無事に終わったよ。愛子の結婚を許してしまった」
誠司は胡座をかいて自分の頭を撫でながら苦笑いする。
「でもね、この花のように愛子はとても綺麗な花嫁さんだったよ。本当に綺麗だった。田中くんはきっと愛子を幸せにしてくれる。お前は始めからきっとこの結婚を賛成してたんだろうけどな」
誠司は二十歳の二人を祝して佳子にそう報告した。
「よし、佳子。愛子も家を出た事だし、これからはまたお前と二人で楽しく過ごそうな」
佳子の写真を見ながら微笑む誠司のズボンのポケットにはナイフはすでに消えていた。
会場の受付台の脇にそっと置いてきた。