「本当にありがとう。これから二人をよろしくおねがいします」
心から手を合わせ、二人の幸せを願う。
襖をあけると、すでに二人は起きて、朝ご飯を食べていた。
着替えもせずに、そのままふらふらと歩いていく。
すでに別れはすませてある。
これ以上、この家ですべきことは、わしを完全に消し去ることだけだ。
最後の言葉。
わしとの絆を断ち切るための言葉。
二人は、ご飯を口に運ぶ手を止めていた。
愕然とした表情の二人に告げる、わしの言葉。
それは、嘘で固めた今のわしの中で、唯一口に出せる感謝の言葉だった。
「どこのどなたか存じませんが、ご厄介になりました」
両手をつき、深々と頭を下げた。
息子が箸を賭す音が聞こえていた。
立ち上がりかけていた嫁が床に手をつく音が聞こえた。
すまないね。
決して言えないその言葉に、涙が溢れそうになっていた。
今、涙を出してはいけない……。
涙をこらえきるまで、顔は上げられなかった。
それほど時間は立っていないのだろうが、わしにはずいぶんと長い時間だった。
頭をあげ、ほおけた様子であたりを見回す。
まだ箸を拾っていない息子を見て、無表情で話しかけた。
「ご飯も頂きましたので、そろそろお暇しようと思います。」
ぼろぼろと涙を流す息子に、わしはかけるべき言葉を心の奥にしまいこむ。
そっと、嫁が息子を抱きしめていた。
「わかったよ……。わかったから、もう少し待ってくれ……」
息子はそれだけ言うと、そのまま外に出ていった。
「…………」
かけるべき言葉も、示すべき態度も、今はまだ出してはいけない。
心を空白にして、今は耐えるしかなかった。
しばらくして、目をはらした息子は、家に戻ってきた。