小説

『UBASUTE』あきのななぐさ(『うばすてやま』)

しかし、時には厳しさも必要じゃ。

何かを得るには、何かを捨てる。
そんな決断をせねばならない。

それが生きるということじゃ。

伝えなければなるまい。

もう一度、布団に入り目を瞑る。
そしてわしは、わしと羞恥心を捨て去った。

気持ち悪さが、全身をおそう。
赤子が大泣きする気分がよくわかった。
わしも泣きたい。
でも、わしは決めたんじゃ。

ゆっくりとおきて、勢いよく襖を開ける。
驚いている二人には目もくれない。
濡れた着物を引きずりながら、息子の布団を横切った。

「あなた!」
嫁の驚きの声が何を示しているのかよくわかる。
鼻も確かなようだった。

ダメ押しのように息子の顔の前で立ち止まり、ゆっくりと半目で見渡した。

「厠……」
そう告げて、また周りを探る。
目が合わないようにして、何度か息子の顔を見ておいた。

「母さん……。こっちだよ」
わしの手を取り、厠に連れて行く息子の手は、とても、とても暖かかった。

「何てことだ……」
息子の呟きに、わしは心から謝罪した。

本当にすまないね。
お前にこんな気持ちを味あわせる母を許しておくれ……。

一本。
また一本。
息子の心にある、わしへの想いを折っていく。
息子が道を違えぬように……。

 
夜が明けて、ゆっくりと起き上がる。
これまで暮らしたこの家とも、2度目の別れを済ませておく。
小さな、小さな声で祈りを込めて。

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