小説

『UBASUTE』あきのななぐさ(『うばすてやま』)

「じゃあ、行こうか……。送って行くよ……」
決心した息子がそこにいた。

二度も同じ決心をさせて、本当にすまなかった。
でも、わしが望んでそうするのだ。
お前たちが負担に感じる必要はない。

 
「これは、ご親切にどうも。見ず知らずの方に、これほどしていただけるとは有り難い。観音様に感謝しようかね」
手を合わせてお祈りをする。

どうか観音様、この子たちがこれからも仲良く暮らしていけますように……。

 
わしを背負い、ゆっくりと息子はまたあの山道を登って行く。

今度は、枝を折らない。
すでに、わしはわしではない。

息子を忘れた老婆に過ぎない。
息子にとっても、わしは気のふれた老婆。

そんなわしは村で生きることはできない。
それが村の掟。

だから、息子もわしをここにおいておける。
村の掟に従い、気のふれたものを、この山に。

そうしなければならなかった。

あの場所についた後、わしを下した息子は、じっとわし見つめていた。

「母さん、いままで本当にありがとう。そして……、ありがとう……」
最後まで、そう、最後まで。
わしはわしでないことを演じなければならない。

息子の心から、わしを消さなければならない。
涙をこらえ、もう一度感謝を告げる。

 
「見ず知らずの方に、お世話をかけました。ありがとう」

お辞儀をし、よろよろと、その場所から遠ざかる。
息子はなぜか、座ったまま動こうとしなかった。

決して後ろを振り向いてはいけない。
もう、別れはすませてある。

あの日の帰りの道。
道を間違えぬようにと、心の枝を折った、その時から……。

目の前に洞窟が見えている。
きっとここに違いない。

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