大丈夫ですよ、私は藁で出来ているから、銃で撃たれても何ともありませんからと言って上げました。
そしてようやく内戦も収まり、また平穏な光景が戻ってきて幾ばくか経った頃です。
ただ突っ立っている私の前に、中年だろう男性が来る様になったのは。
彼はいつも見窄らしい格好で生気も覇気もなく、そして私も前に跪くんです。
最初の頃から彼は何も語りませんでした。跪いては俯いて、暫く経つとまた覇気の無い歩みで帰って行く。それを毎日の様に繰り返していました。
それがある日です。彼が突然、私に喋りかけたんです。
いつもと同じに私の前に跪き、俯き、彼は地面に向かって叫ぶ様に言ったのです。
――御免なさい、御免なさい!
彼が急に謝り出すので私は慌てました。別に貴方は何も悪い事をしていませんよ、ただ立っているだけの私に。
――僕は何もしていなかった! 何もしてやれなかった!
私もそうですよ。正確には何も出来ないですが。
――自分ではご飯も作らない、掃除もやらない、洗濯も、買い物さえも!
人とは色々とやらねばならない事が多いんですね。でも何も全部出来なくてもいいでのは? 一つ出来れば十分ですよ。私は何一つ出来ません。
――あれは僕が出来る、たった一つの事だったんだ! もうあれしか出来ないんだ、僕は!
それで十分ではないですか。何も謝る事はありません。何もできない私にとっては羨ましい限りですよ。
――ずっと家族の為と思っていた。ずっと祖国の為と思っていた。そうさ、僕は愛していたんだ! 国を、家族を!
とても素晴らしい事ではありませんか。愛する物を守る、中々出来る事ではありません。私は主人が愛する麦を守れない処か、襲ってくる鳥達を愛してしまっているんですから。
――だから敵が襲ってきたと思ったんだ、家族を、僕を。だから守ろうとしたんだ、隠し持っていた銃で!
もしかして兵隊さんですか? その職に従事るだけでも尊敬に値します。ただ立っているだけの私の職に比べれば比較する事すら恥です。
――まさか……フライパンを持っていただけだなんて……僕には敵が見えたんだ……敵がいたんだ……
勘違いなんて一時の恥ですよ。私なんて、今までずっと自分は人間だと思いこんでいたんですから。何時までも後悔しても何も始まりませんよ。その事は忘れ、一緒に前に進みましょう。私は歩けませんが。
――ごめん……母さんを撃ったつもりじゃないんだ……あの時、敵がいたんだ。目の前に……
彼はそのまま地面に突っ伏しておいおいと泣き続けていました。そしてその日以来、彼は来なくなりました。