薄く重なり合う雲の合間を、薄紫色の空が吹き抜けている。澄んだとは言えないその空気。でも、幾ら手を伸ばし望んでも届かない高さだ。
その空色を地面に仰向けになって見ている。そう、昨晩の嵐によって飛ばされてきたカカシがだ。
カカシは仰向けに空を見ながら側にいる、飛ばされて激突してしまった朽ち果て寸前の戦車に向かって言った。
「すいません、昨晩は。私にはどうしようもなくて……」
カカシは戦車に謝っていた。
「気にする事はない。あの暴風雨。わしも長い間この土地にいるが、あんなのは何十年ぶりの荒れようだった」
戦車は威風堂々、はっきりとした口調で言った。だが語りとは裏腹に姿は見窄らしさを通り越して悲惨だ。
丸びた砲塔、車体全体も流線を描いているが錆だらけに穴だらけ。左右に力強く動くはずの無限軌道の片側は外れそして壊れ、地中へと潜り込んでいる。唯一、自慢げに伸びる主砲の砲身だけが空へ向かって伸びていた。
「それにお前さんごときが激突した所で何ともない。このわしの装甲、幾度も戦火の中で敵の砲弾を弾き返してきたものだ。この間の内戦でもだ。近年の兵器相手に堂々と渡り合ったものだ」
残骸寸前の姿から信じられない自信溢れる戦車の言い回しだ。
「この間? 貴方は少し前に起きていた内戦にも参加を?」とカカシは驚き様に聞いた。
「そうだ。半世紀前の戦争から生き残り、骨董品扱いだったわしを物好きの奴が修理を施して、先の内戦に引っ張り出した。恐れはなかったが不安はあった。近代兵器の相手をする事がだ。それは的中した。今はこの通り、この惨状だ」
溜息交じりだが後悔はしていない。戦車の言い回しはそう言っていた。
「素晴らしいです戦いに出ると思うだけでも。私など立っているだけの存在ですから……」とカカシは申し訳なさげに言う。
「それはどうかの。君は立っている事が仕事ではないか。それをしっかりと遂行していたのではないか?」
「そうかも知れませんが、昨晩の嵐の前では何も出来ませんでした、私。あっという間に吹き飛ばされ、あれよあれよと飛ばされました。初めて空を飛ぶという経験はしましたが、何も出来ないという自分の境遇を実感もしました。……それに私が居なくなった事など、作った主人は気づいていないでしょう。それが何より悲しいです」
「そうかの。何も出来ない、何もしなくても、ここからの静寂を得た草原を眺めているだけで、意味ある事だとわしは思うのだが」
「立ち上がる事も出来ない私には、それも見えません」とカカシは悲しげに言う。
「爺さん、誰と話しているんだ? おい」
誰か別の声が聞こえてきていた。気が付くと戦車の砲塔の上を、ひょこひょこと器用に上って来ている猫の姿が。
薄茶色の毛並みをふあふあと揺らし、顔に首回りに毛が獅子の様に広がっていた。その為か野太く見える猫だ。