カカシの声など聞こえる筈もない。彼女は爪間に土が入り込み黒くなり、剥がれてしまうかと危惧しても掘り続けていた。
ある程度の深さになると、彼女は全身を使ってカカシを立たせた。そして棒先を必死に穴に突き立て差し込む。刺さると掘り返した土を盛って安定させた。
そこで初めて丘からの景色を一望した。曇り気味の夕焼けに照れされた緑や木々は薄黒く、人気の無い閑散とした平原が広がっていた。
うわっと景色の荒涼さに心打たれるカカシ。だが女の子は立たせたカカシを不満そうな目で見ていた。彼女が何を見ているかカカシも気づいた。
手が無い。着けられていた手袋は嵐の時に吹き飛ばされてしまったのだろう。
女の子は徐に自分の両靴を脱いだ。そしてその赤い靴を背伸びをしながらカカシの手に掛けて上げた。
満足げな表情を見せると、彼女は土埃を払いながら慣れた感じで戦車の車体の上に登る。車体に腰を下ろし、両足を宙にブラブラと浮かせながら猫と戦車と、そしてカカシと一緒になって景色を見つめる。
カカシは先程に戦車の言った事、そして女の子が毎日の様に来る意味が分かった様な気がした。
静寂を得た草原を見つめるだけでも意味がある。
広がる光景にその言葉も染みゆく感覚を覚えた。そして立たせてくれた、手をくれた女の子に対して何か出来ないかの想いも広がっていた。
景色を眺める最中、カカシはもう一人だけ人がいる事に気付く。
自分達を遠目に見る場所に女性が立っていた。ジーンズを履いた長い黒髪の女性。見た目で女の子の親類ではないとは分かる。
女性はレンズ口径の大きいカメラをこちらに向け、カシャカシャと連射するシャッター音を立てていた。だがカカシには女性が何をしているのか分からなかった。
カカシは伝わる事の無い想いを女性に向かって語る。
――初めて逢う方に、こんな願いを申し上げるのは失礼かも知れません。
だけど私は何も出来ないんです。
遠くに行く事も、何か持ち上げる事さえも。
私を立たせてくれた、手をくれたこの子の手を支え上げる事も出来ないんです。
だからお願いです。
この子の為に何かして上げて貰えませんか?