小説

『20歳の夏休み』菊谷達人

「その成果は、みてのとおりですね」
 凧もいまでは、すっかり圭華をうれしがらせる方法を学んだようだった。
「あとであなたに、催眠術をかけてもらおうかしら」
 甘くささやくような調子で彼女はいった。
 圭華の家は川べりの、民家の群れからすこし離れた、閑静な山のふもとに立っていた。
 池のある広い庭があって、平屋のいかにも書道家らしいおもむきのある木造家屋で、玄関をはいると前の壁に『愛』の一文字が流れるような筆致で書かれていた。
「どうぞ、遠慮なく」
 さきにぼくたちは、きょうからじぶんたちの部屋となる廊下の突当りの二部屋に案内された。そこは洋室で、ベッドと小さな机がきちんとならぶ、みるからに居心地のよさそうな室内だった。凧は隣室に荷物をおき、二人いっしょに圭華のいる和室の部屋にいった。
「おまえのおばさん、おれたちのこと、ずいぶん気にいってくれたようだな」
 廊下で凧が耳うちするのに、ぼくも安堵しながら、
「気難しい人だったら、どうしょうとおもってたんだ」
「そんな気難し屋なら、最初からおれたちなんか、泊めてくれなかっただろう」
「いえてる。はじめて顔をあわせて、女性体験ときたからな」
 凧はそして、妙に真剣な表情で、
「おれあの人に、性的魅力をおぼえたよ」
「年をかがえろよ。二人あわせてもまだ、ぜんぜん足りないんだぜ」
「そんなの関係ないよ」
 と、ひとむかしまえのピン芸人のようなフレーズを口にする彼だったが、じつはぼくじしん、腹の底ではおなじことを考えていたのだった。20歳と60代………そんなの、関係ない。

 広い和室にぼくたち二人は、彼女と向かい合って座った。こうして対座すると、さすがに、年齢からくるおちつきはゆるがぬ貫禄となって、ぼくたちを萎縮させるほどだった。さきほどの二人のやりとりではないが、性的魅力なんて言葉では到底いいつくせない、女性としての層の厚みが彼女にはかんじられた、
 夕食に、圭華の手製のチラシ寿司がふるまわれた。ビールもあけられ、ぼくと凧は、若い食欲にかられて、結構食べた。ビールに関しては、圭華もよくのんだ。たちまち空き缶がお膳に何個もならんだ。
「もっとのみなさい」
 彼女のうながしに、ぼくも凧も、もういけませんとあっさり降参した。それがうそでない証拠に、二人はその場につぶれてしまい、十一時すぎまでぐっすり眠り続けてしまったのだった。

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