小説

『20歳の夏休み』菊谷達人

 その数が十までいったとき、ぼくの目には圭華が、完全に脱力して、そのままくずれおちていくような印象をうけた。その彼女の背に、凧はたちあがって手をあてた。そして、
「ゆっくり後ろにたおれていきます」
 の声に、だんだんかたむきはじめた彼女の上体を、背後から凧がささえながら、やがてマットにあおむけに横たわった。
 凧が浴衣の上からてのひらをあて、胸から腹、そして腰をなでさするのをみたぼくは、彼女がすでに催眠状態になっているのをしった。
 凧はそれからも、執拗なまでに圭華をなでさすった。その手はときに、浴衣の衿から胸にすべりこみ、また裾から腰にはいりこんだ。それはまるでAVでは定番の、いかさまマッサージ師が女性相手によくやる、下心みえみえの行為にぼくにはみえ、凧のやつ、これまでにも同じ方法で何人もの女の子をものにしてきたんじゃないのかと、ねたみもまじってぼくは、圭華に得意げに催眠術を施している彼に、にわかに憤った。
 しかし仰向けになった圭華の、彼にすべてをまかせきっている様子をまのあたりにすると、凧と彼女の密度のこい関係がすでにできあがっているのがはっきりつたわってきて、ここまできたら、これからのなりゆきをみとどけるまではこの場ははなれられないぞとじぶんにいいきかせた。
「うふん」
 圭華の、鼻にぬけるような吐息がきこえ、胸から腹部がゆるやかに波打つのがわかった。
 さきほどからしきりに彼が、圭華の耳元にささやきかけていた効果が、いまあらわれはじめたようだった。
 凧はそして、ぼくにもはっきりわかる声で、
「その浴衣をぬいでください」
 おもわずぼくは息をのむと、身を起こし、たちあがってためらいなく浴衣の帯をほどきにかかる圭華をみまもった。
 開かれた浴衣は、かすかな衣擦れの音をたてながら、彼女の体からすべりおちていった。
 浴衣がなくなり、一枚の下着姿となった圭華の体は、肌つやはよりいっそうかがやき、
 胸は大きく丸みをおびて、腹部はやわらかく脂肪がはりだし、六十数年の歳月の重みを、その太く逞しい両あしが支えていた。
 明るい照明の下に、たちはだかる圭華の肉体に、ぼくは言葉もなく圧倒された。これまでその中心をつらぬいた快楽の数々が、全身の毛穴という毛穴からヤニのような粘り気をおびてあふれでているかのようだった。彼女の脇、そして下着からはみだした体毛の、くろぐろとした豊かさにも、ぼくは目をみはり、こみあげる興奮にはげしくふるえだした。
 凧の、「下着を脱いで」の言葉に、ぼくは驚き、とっさにやめさせようとしたが、ぼくじしんのなかのそれをのぞむ気持が、あっさりと打ち消してしまった。

1 2 3 4 5 6 7 8