小説

『20歳の夏休み』菊谷達人

 というのもね―――と彼は、マジシャンが得意の手品のタネをこっそりおしえるような調子で―――相手の気持を巧みに誘導するには、虚栄心をくすぐったり、相手ののぞんでいる方向に話をもっていけば案外、すらすらと相手は催眠術にかかってくれるよ。それはちょうど―――とこれは彼の持論らしいが―――血液型性格判断というのがあるだろ。A型はどんなタイプ、B型はこういう性格………というあれだ。みんなは書かれたタイプに自分を照らしあわせて、当っていると思い込む。しかしじつは、血液なんかに性格なんかはないんだよ。あれは日本だけのもので、諸外国の誰も、そんなことをきいたら大笑いさ。本当は、書かれた内容に自分をあわせているだけにすぎないんだ。つまり、暗示だ。日本人がいかに暗示にかかりやすいかがそこに顕著にあらわれている。
「ここせまいから、私の部屋にきなさい。あそこなら、横になってもまだ、いっぱい余裕があるわ」
 いよいよ本格的になってきたなと、圭華の入れ込みようを見て、ぼくもまた意気込んだ。凧も、圭華にさそわれるままに、ぼくをつれて彼女の部屋にいくことにした。それはさっき彼女が石のように座っていたところだった。
 その部屋には、いまもヨガマットのような厚さ3センチほどの弾力ある敷物がひろげてあった。壁際におかれた箪笥以外、家具らしきものはなにもなく、まさにここは彼女の修行の場なのだろう。
「座る?」
「そうですね」
「じゃあ」
「できるだけ。リラックスしてください」
 たぶん、もうこのときから凧は、圭華を暗示に導こうとしているのがぼくにはなんとなくわかった。圭華はこのときは、きちんと正座した。その彼女のまえに凧も座った。向かい合う二人の横からぼくは、だまってなりゆきをみまもった。これからなにかがおこる。それはもしかしたら、とんでもないことかもしれない。そんな予感に胸が高鳴るのを、どうすることもできなかった。
「では。―――まず、あなたのお名前をおしえてください」
「峯山圭華」
「これからあなたに催眠術をかけますが、かかってもかからなくても、ぼくのいうとおりにしてください。いいですか」
「はい」
 じつに素直に圭華はこたえた。
 つねに凧のといかけに彼女がこたえるという形式で、二人のやりとりはつづいていった。それは一見ごく単純な会話にしかおもえず、凧のやつ、なにをやっているんだと、じれったい気持でぼくはなんどとなく彼に視線をなげかけた。だがこのしずかな応答のなかにあって、圭華の体からしだいに力がぬけていくのがわかった。
「大きく呼吸をしてください。一、二、三………」

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