小説

『銀の鱗と蝋燭と』もりまりこ(『赤い蝋燭と人魚』『浦島太郎』)

 太郎に聞くとこれは、海岸付近によく咲く浜万年青、はまおもとというヒガンバナ科の花らしい。その白い花を花瓶に飾った。ロウソクの灯りが好きだという太郎の為に、白いキャンドルも添えた。
 ふいに太郎が口にした。
「おるふぁんがいやなら、肉料理でもいいんだよ」
 云ってる意味がわからなくて黙っていたら、「ほら、なんか共喰いみたいな気分になってたら、かわいそうだなって思って」ってわたしの頭のなかの空白を太郎が言葉で埋めてくれた。
 太郎は傷ついた人間だから、気を遣うようにできているのだ。
「だいじょうぶだよ、わたしは魚じゃなくて人魚だから」

 実際こんな暮らしが待っているとは思わなかった。
 太郎は過去にさんざんな目にあっているせいか、寛容なところがあって。
 人魚の身体をたずさえたわたしのことを好奇なだけの眼差しで貫くこともしなかった。人間の暮らしぶりを殊更厳しくしつけることもしなかった。
 でも一度だけ、ゆぶねの上にきらきらひかる鱗が浮いていることがあった。その時だけは、おるふぁん、お風呂に入った後はじぶんの鱗に気を付けなさいねって云って、わたしを窘めたけど。太郎の親指と人差し指にはきらきら
光る鱗がはさまれていて、それを壁のコルクボードにくっつけた。
 画鋲じゃおるふぁんが、おしおきされてるみたいだからしないって云った。わたしはよくわからない場所、胸元にちかいところがとくとくと脈打つのがわかった。
 太郎が漁に出ている時は、絵を描いて過ごした。
 そこらへんの紙に色とりどり画材で。絵がないときは白い壁を魚や貝や海藻などのモチーフで描いていた。
 産まれたのが海だったから、見たことのある動くものというとこんなものしか知らなかったのだ。

 ある日、ポストに六角形の箱がひとつ入っていた。
 郵便物は、太郎にしか用がないものだから、それをテーブルの上に置いておいた。
 差出人はよく読めなかった。ただ、宛名は浦島太郎様とだけ書かれていた。
 浦島太郎という漢字は、いやというほど覚えさせられたから読めた。
 昼寝をして夕方買い物を済ませて帰ってくると、その箱に気づいて太郎は少しだけ後ずさった。
「なに? これ?」
「今日、ポストに入っていたよ。だから開けずに置いておいたの」

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