小説

『燃ゆ音』海老原熊雄(『かちかち山』)

沸き立つ心、徒手空拳のまま、獣たちの元へ走り出していた。
「いいかげんに!」
ぱぁん!ぱぁん!
乾いた音が二度響く。
月子は、獣たちの頬を激しくそして優しく叩く。
「あんたらが争うことないんよ!」
静謐。
水を打ったように静寂が包み、獣たちは我に返る。
「あんたたち喧嘩したらだめやって!」
狸と、兎が邪気のない眼で月子をみつめていた。
「月子・・」
「銃は・・・?」
「ええから!はよ火い消さな!」
むんずと獣たちの腕を掴む。
「なんやて?ちょっといまわしら耳が、きぃんてな」
「社が燃えとるんや!」
獣たちを叩いた高揚、火事への焦燥は月子にがむしゃらな、歩みを与える。
火事場の馬鹿力か、獣たちを抱え歩く。
「兎よ。月子はあんまし怒らせんようにしよな」
「ほんまやなあ。鬼より怖い」

狸と兎は、山の動物たちを集め、川の水を汲むよう指示を出す。
「なんでもええから水汲めい!」
小さな葉の器、大きな洞の有る木。
大勢の動物たちが、様々な器で、それぞれが懸命に水を汲む。
「ええか、山守さんの合図でや!」
山中から集まった動物たちが、若い山守を見やる。
「せえの!水かけ!」
月子が音頭を取ると、ざばぁんと一斉に水をかける。
「せえの!水かけ!」
幾度となく繰り返せば、延々と燃えゆく炎も静かに、穏やかな火へと変わっていった。
ポツリ、ぽつりと月子がつぶやく。
「悪かったなあ。わたしらが悪かったんや。」
ポツリ、ぽつりと涙が落ちる。
「ごめんな。この山の恵を貰うばっかりでなんにも与えてやれんでなあ」
黙々と水をかける。
狸と兎は、まるで動物の様に押し黙り、そして人間の様に、口から言葉が出なかった。
「あ・・・雨・・」
ポツリ、ぽつりと、雨が降る。
真赤に熱せられた、山は蒸気を噴出させながら急激に温度を下げる。

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