小説

『燃ゆ音』海老原熊雄(『かちかち山』)

きぃと音を立てながら、がたごとと建付けの悪い小窓を開く。
中には、ぽつんと置かれた道具類。
“火縄銃”と”懐中時計”。
「なんやろか」
火縄銃はかなり年季の入ったものだったが、よく手入れがなされているようで、未だ武器としての冷たい殺気を放っていた。
目を落とせば。木製の銃床に、”嶽”の銘。
「うちの名前や。しっかし、ごっついなあ。これ本物やんな」
発砲に必要であろう道具も一揃えあるように見えた。
薬包、装填用と思われる杖、そしてこの場には不釣り合いな、町唯一のスナックで貰ったであろうマッチ。
少女は暫し、火縄銃を賞玩す。
かち。
音の鳴る方を見やると、おかしな懐中時計。
文字盤は無地の白、長針が二本有。
長針の先端には、それぞれ狸と兎の細工が施されており、狸は左に兎は右にといったように、互いに逆方向に回転している。
「これ壊れとるんかしら」
ふたつの道具を手繰るやいなや、ぱたんと閉まる社の小窓。
二度目のつむじ風はより強く。
少女の一挙手一投足を見守るように、社の両側には獣らしき像が二体祀られている。
「やっぱり不気味やな。さっさか帰ろか」
かちかち。
時計が音を刻む。
かちかちかち。
長針と長針が、狸と兎が、盤上十二時の方向で重なる。
刹那、黒い影が二つ。  
「な、なんや?」
先ほどまでの静寂は嘘の様に、けたたましい唸り声が響き、影同士が衝突を始める。
木々はざわめき、土は胎動す。
呆気にとられつつも、月子が認識出来たのは獣同士の闘争だった。
目を剥き、唾液を散らしながら爪と牙を立てる様は、悪鬼羅刹の其れだった。

“獣争わば、鳥を撃て”

脳裏に、言がよぎる。

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