小説

『燃ゆ音』海老原熊雄(『かちかち山』)

そうすれば、山は平和に保たれ味噌も作られる。
平穏な、山、町、毎日。

かちかちかち。
時計が刻む。
かちかちかち、火縄を燃やして空を撃つ。

「”争う狸と兎のお陰様”なんやて」
蛍がぽつりとつぶやく。
「それ、なんなん?」
「この前、町内会の会合・・まあ宴会やな。そこで年寄り衆が言いよったんよ」
「へえ、まるでかち山のことやな」
「そうよ。”狸と兎の喧嘩収めとる”て、月子がまたおかしなこといいよると思っとったんやけどな、どうやらうちらのお山さんには狸と兎が関係しよるんやなあ」
「あんたそんなこと思っとったんけ。ひどいひとやわ」
「まあまあ。そいでな獣が活気付くほどに山が元気やと味噌作りが捗るんやと。やからみんなあんたに感謝しとるみたいよ」
「そうけ?そいは嬉しなあ。でもなあ、なんでいっつも喧嘩しとるんやろか」
「そりゃ獣やもん。縄張り争いくらいするっちゃろ」
この半年の間、獣たちは毎日のように喧嘩を繰り返し、その度に月子は山守として山へ駆けつけていた。
そして火縄銃を放ち、憑き物が落ちた獣たちは、無邪気で気の良い友人たちに成り代わる。
樹木が病気になれば、狸と看病に励み、河川にゴミが投棄されていれば、兎と一緒に引っ張り上げた。
獣たちを知れば知るほど、原初に抱いた疑問が息を吹き返していた。

「あんたらなんで喧嘩するん?」
ある時、狸と芝刈りに出かけた月子は尋ねた。
「祖先が殺されたんよ」
狸はことも無げに言い放った。
「それ以来、遺伝子に刻まれたんやろなあ。気がついたら殺し合いの仲や」
丁寧に芝を刈っていく、穏やかな狸の背中には殺伐とした言葉は似つかわしくなかった。
またある時、
「あんたらなんで喧嘩するん?」

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