小説

『ひきこもりハウス 魔法少女編』紅緒子(『注文の多い料理店』)

 それでもお互いになんとかハンドルネームとメアドを交換する。
 ドアを叩いても返事がなかった住人の部屋には、王の情報をメールで教えてくれるように僕のアドレスを書いたメモをポストに投函した。
 その日のうちにすべての住人からメールが届いたが、王の所在はつかめなかった。不安にかられた僕らはネットで検索をしてみた。
 ひきこもりを誘拐するという王にまつわる不気味な都市伝説がたくさんヒットした。だけど、その記事をコピペして拡散しようとすると記事が削除されてしまう。
 王からの嘘っぱちメールを読み返す。

 コーヒーマウスさんは天才です。コーヒーマウスさんの真の魅力を引き出せなかった社会の方こそ無能なのです。
 コーヒーマウスさんの言葉には真理があります。もうコーヒーマウスさんの感想なしにはすべてのアニメが楽しめないぐらいです。おもしろいアニメとコーヒーマウスさんの言葉が響きあって核爆発ですよ。アニメが魚ならば、コーヒーマウスさんの一語一句はお米の一粒一粒ですよ。魚とごはんを組み合わせた寿司のような(笑)わかりにくい例えですね。天才コーヒーマウスの前では、言葉を紡いですいませんです。

 いつまでもぬるま湯につかっていたかったのに。王の死がほんとうのことを突きつける。

 なぜ僕等はひきこもりと蔑まれこそこそ隠れて消えていかなくてはいけないのだ。ひきこもりと呼ぶな。僕等は永遠にピーターパンでいたいだけなんだ。今際の際に人生を振り返る時、自分の人生ではなく、胸を打たれた面白いアニメを総集編のように振り返って死にたい。こんな生産性のない僕等だってこの世界には必要なのだ。すべての人間が発信者で創り手だったら誰が観客になるんだ。ひきこもっている僕等は高等遊民であり、国家が血税によって保護し食べさせるべき種族なのだ。

 ネットにそうつぶやきベッドに横たわる。もう何度も明かして来た絶望の夜に堕ちていく。外が明るくなり朝になったのでテレビをつけると、ニュースはきょうも殺人事件と芸能人のゴシップがメインだった。もはやこの世界からさよならするよりもいい生き方が見つからず、きょうを最後の一日にする覚悟を決めた。僕を今日まで生かしてくれた魔法少女ココアの第1話を見直してこの世を去る準備を始める。
 さらばこの素晴らしき愚劣な世界!

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