小説

『ひきこもりハウス 魔法少女編』紅緒子(『注文の多い料理店』)

 アンケートは毎日十枚ほどあり、なぜひきこもりになったのか、きょうの体調はどうか、好きなアニメは何かなど、個人的な内容が多かった。放映前のアニメの感想もたびたび求められ、王は毎回僕が書いた感想がアニメ会社に大変喜ばれていると評価してくれていた。王が死んだ今となっては一日一日がまさに夢のような時間だった。

 ねずみが配線をかじったためという近未来にありえない馬鹿馬鹿しい理由で大停電が起きた朝に、王からの連絡が途絶えた。ネットはすぐに復旧したし、役所やアニメ会社からのメールは来るのに、いくら王にメールをしても返事が来ない。王に見放されたと思った僕は、「何か気にさわることがあったのならば直します」と心からの謝罪メールを打った。しかし三日経っても返信はなく、配給のカップ麺の在庫もゼロになってしまった。
 ひきこもりはすべからく孤独死の危険性を抱えている。だから王はこういうひきこもりハウスを運営していると最初に教えてくれたっけ。部屋の隅にひきこもりハウスマニュアルがあったことを思い出し開いてみると、緊急連絡先のメールアドレスが書かれていた。すぐにでもメールをすべきだろうけれど、王の死は両親の死よりも悲しみの衝撃が強く、ぼろ泣きしてしまう。僕を守ってくれる存在を失って、今度こそもう生きていけそうにない。
 王はどんな人だったのだろうか。このマンションのどこかで王の死体がミイラになってしまうのか。それとも今は夏だからエアコンをがんがんたいていて、腐敗が遅れているかもしれない。

 どうせ消える運命ならば、ココアのように甘く溶けるべきでしょう。

 魔法少女ココアの決め台詞を念仏のように唱えながら部屋を出た。王の死因を自分の目で確かめたい。王から選ばれしひきこもりの同志ならば、猟奇的なヲタクはいないだろう。マンションの一室一室をピンポンして、王と呼びかけてみた。何人かとはドア越しに会話でき、僕と同じく王と音信普通となって絶望していることがわかった。かといって緊急連絡先にメールしてしまえばすべてが終りそうで怖くて皆できないようだった。元々ヒッキーになるような我々は消極的かつ悲観的な性分な上に、空気を読みどんな過酷な状況もただ流され受け入れることを美徳とする教育を受けてきたので、自ら行動し和を乱すなんてできないのだ。
 それでも王がいなくなった非常事態のため、僕と共に王への接見を望む同志十人を見つけた。人と目を合わせられない白髪のデブばかりで白熊の群れのようだった。男たちは肩を寄せ合いがたがたぶるぶるふるえている。
「ぼ、ぼ、僕はよ、よ、よこっぱらがいたいです」
「もう出て行きたいです。カップ麺がないのが困りましたね。何か食べたい」
「僕はおかながへりすぎて倒れそうです」
 白くまたちは声もなく泣き、みんなくしゃくしゃの紙屑みたいな顔になってしまった。

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