小説

『ひきこもりハウス 魔法少女編』紅緒子(『注文の多い料理店』)

〈王〉
 言葉の魔術師コーヒーマウス先生にそこまで言って頂き、恐悦至極に存じます。
 しかし僭越ながら、いささか大げさな物言いに感じられました。少し踏み込んだ質問になり恐縮ですが、何かあったのですか? ちがうのであればスルーしてくだされ。

〈コーヒーマウス〉
 気にかけて頂きありがとうございます。
 実は、両親が死にました。家賃が払えないので住む所がもうすぐ無くなるんですよ(爆)

〈王〉
 だったら私のマンションで暮らしませんか。
 実は親が遺したマンションの管理人をしながらひきこもっているのです。私が管理するマンションには同志と思えるひきこもりの皆さんが暮らしています。コーヒーマウスさんにはまるまる一室を無償でお貸しします。家賃やその他諸々の経費はいっさい必要ありません。私の常備食(カップ麺です)をご馳走しますから、食費もかかりません。ネットも自由にできますよ。また生活必需品を購入するために月額一万円を支給させて頂きます。若い方は大歓迎です。決して遠慮はいりません。

〈コーヒーマウス〉
 ありがとうございます。ですがすべて無料というのは申し訳がないです。

〈王〉
 はい。そうおっしゃる方が多いので、私のアルバイトをお手伝い頂いております。簡単な役所からのアンケートにこたえたり、これから制作されるアニメやマンガのサンプルを見て感想を書いたりするだけの在宅でできる簡単なお仕事です。注文が多いマンションかもしれませんが、いかがでしょうか。

〈コーヒーマウス〉
 もちろん喜んでお引き受けします!

 世の中はうまくできているものだ。僕ことコーヒーマウスは王が営むひきこもりハウスに引っ越すことにした。
 王が手配して送ってくれた交通チケットでなんとか高速バスを乗りついで初めて県外に出た。ひきこもりハウスは山がものすごい場所にあり、立派な西洋風のマンションだった。表札は黒猫のシルエットになっていて、金色の文字で山猫軒と書いてある。室内は四畳半ほどで、ベッド、パソコン、ユニットバスがあるだけだった。大きな鏡のそばには赤いブラシとガラス瓶に入ったバスソルト、ミルクの香りがするボディークリーム、除菌効果がある金色の香水瓶が並んでいた。窓は自殺予防のためか開かず、カーテンを開けると深い茂みが広がっていた。王とは一度も会うことはなかったが、毎日メールを交わした。食事は一個で一日に必要な栄養をすべてとれる最新鋭のカップ麺だった。そば、うどん、らーめんと種類も豊富で、おふくろの味タイプはお母さんの料理を思い出せてくれた。

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