小説

『頭紐』佐藤邦彦(『頭山』)

 世の中には不思議な能力を持った人間というのがいらっしゃる様です。中には動物と話せる何てぇ御仁もいらっしゃる様ですな。「ぼくが病気した時看病してくれてありがとう。おかげで元気になったよ」何てぇことを犬が言ったりするってぇんですから驚きです。犬ってぇのは随分ボキャブラリィが豊富何ですな。アタシなぞは「ウレシイ」「カナシイ」「ハラヘッタ」くらいのことしか犬には分からないンだと思っておりました。また、他人様の守護霊と話せる何てぇ御仁もおりまして、そもそも守護霊すらもあるかどうか眉唾ものなのに、それと話せて、しかもその御仁をどの守護霊も絶賛するってンですからなかなかの話ですな。未来のことが分かる。何てぇ方や空中浮遊ができるとか色々な能力をもった御仁がおられますが、まっ、大抵この様な方々はみな自己申告ですな。
 今回お話しようってのはですな、吝嗇家。ケチな為にサクランボを種ごと食べたら頭から桜の木が生え、その桜の周りで近所の人達が花見をするんで煩くってしょうがないってンで桜の木を引っこ抜いたら頭に大きな穴があき、この穴に雨水がたまって池となり、今度は池で近所の人達が魚釣りをするってンで堪え切れなくなって、自分の頭にできた池に身投げして死んじゃったてぇ不思議な能力を持った男の子孫についての話にお付き合い願います。

 
 「う~ん。勿体ねぇ。悔しいな。何とかならねえか。う~ん」
 「お前さん。さっきからどうしたんだい?とどの断末魔の様な声でうなって。また落ちてた海老の尻尾でも食べて腹痛かい」
 「人聞きの悪いこと言うねぇ。猫じゃあるまいし海老の尻尾何か拾い食いする訳ねぇだろが。いや、そーじゃあねえンだ。おらぁよ毎日毎日夢ン中で落ちてる金をみっけてよ、しめた!って思うんだけどよ。朝目が覚めると確かに懐に入れたはずの拾った金が無ぇンでよ、それが悔しいやら、悲しいやらでよ」
 「えっ?それじゃあ何かいお前さん。お前さんは夢の中の金を現実に持ってこれないってんでとどの断末魔の様な声でうなってたのかい。あきれた人だね。馬鹿々々しいったらありゃしない。いいかい夢の中のお金を現実に持ってこれりゃお金で苦労する人何かいないんだよ。下らないこと言ってないで買い物でも行ってきておくれ。さっきネギ買い忘れたから頼んだよ」
 とぼとぼと八百屋へと歩きながら男は考えます。
 女房の奴ぁああ言うけど、やっぱりあの金は惜しい。何とか夢の世界からこっちの世界へ持ってこれねぇもんかな。何でも聞くところによると俺の祖父ちゃんの祖父ちゃんは自分の頭に出来た池に飛び込んで死んだって話だ。そんな事ができる血が俺にも流れてんなら、ひょっとするとひょっとするかもしんねえ。なぁに失敗したって損する訳じゃねぇ。
 てんであくる日仕事から帰ると食事もそそくさと済ませ。

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