小説

『頭紐』佐藤邦彦(『頭山』)

 「女房。物は試しだ。おらぁ今から夢の世界に行って金を拾ってこようと思う。ついちゃお前に一つ頼みがあるんだが」
 「あきれたね。この人はまだそんな事を言ってるのかい」
 「そう言うねぇ。酒も博打も女もやらねぇ、おいらの道楽だと思って手伝ってくんねぇ」
 「仕方ないねぇ。であたしゃ何をすればいいんだい」
 「おぅ。そーこなくっちゃあいけねぇ。なあにひとっつも難しい事何てねぇんだ。いいかい、おらあ今から直ぐに横になって寝る。なに、寝つきはいいンだ。すぐに鼾をかき始める。そしたら女房、お前はおいらの耳の穴からこの紐を入れてくれ」
 「何だい?耳の穴から紐だって」
 「あぁ。夢ってのは頭でみるもんだ。だからその頭の中へ紐を垂らしてだな、おいらが夢の中で金をこの紐に縛ってクイクイッて引っ張る。それが合図だ。そしたらお前は紐を引っ張って耳から取り出してくれ。そーすりゃ紐には金が付いているかもしンねぇって訳よ」
 「馬鹿な事を考えたねぇ。あんたが夢の世界に行き、現実世界にいるあたしが夢の世界に紐を垂らし、それを夢の世界にいるあんたがお金を結わいて、現実世界にいるあたしが引っ張り上げるってのかい。何だか頭がこんがらがってくる話だねぇ」
 「難しく考えるなって。なあに、陸から川や海、水の世界に釣り糸を垂らして魚を陸の世界に釣り上げるのとおンなじだ」
 「同じじゃないとおもうけどねぇ。まぁ、それであんたの気が済むってんなら構わないけどさ」
 「よし。話は決まりだ」
 ってんで男は早速寝床に横になったかと思うや直ぐに高鼾。
 「あら、もう寝ちゃったよこの人。本当に寝つきがいいんだね。で、この紐を耳に入れて夢の世界に垂らせばいいんだね。あー馬鹿らしいったらありゃしない」
 一方夢世界の男はってえと。
 おっ何時もの夢の場所だね。現実の色ンな場所が混じりあった夢ならではの場所ときたもんだ。勝手知ったる己が夢世界。あの角を曲がるってぇと札束が落ちてる筈。ほーらあったあった。しめしめ。さて何時もの様にこの金を拾ってと。
 そこで男が頭上をみるってぇと。流石はご都合主義の夢世界。女房が垂らした紐がゆらゆらと揺れてまして。
 「よいしょっと」
 男が紐に札束を結わえて、クイクイッと紐を引っ張るってえと、驚いたのは現実世界の女房。
 「えっ?厭だ引いてるよ!」
 「それっ!」
 と紐引っ張るってぇと紐の先には結わえられた札束。女房すっかり動顛して。

1 2 3 4