突然に見知らぬ施設に暮らす事。この歳の子にとって、想像も付かない苦痛だ。
初めて来て、それから二三日。施設内でおどおどする仕草、接触を拒絶する様子。
危惧した通り。だがそれも周囲の気遣いで掻き消されたように感じた。
年上の子からの促しに、同世代からの寄り添い。真理子の予測よりも早く、令子は施設の子達に馴染んでいっていた。そう見えた。
遊ぶ姿を見て安堵する真理子。しかし気掛かりな事も。
それに直面した夜。
来てから一週間ほど過ぎたか。
子供達が寝静まった頃、真理子は戸締まりの点検に施設を静かに周り見る。
ほんの気に止めただけだ、令子の寝る部屋に。
音を立てずにそっと襖を開け、廊下にある足下灯の仄かな灯りが部屋の中に差し込んでゆく。
目を凝らし、薄暗い部屋の中に布団に寝る数人の子供達。ちょうど真正面に、覗いた先に令子が寝ているのは知っていた。
布団にくるまるようにして、向こう側に顔向け寝るあの子。
その時だ――。
「……うぅ……うぅ……うぅ……」
幽かな声。だがはっきり聞こえた、あの子の。
最初は寝言とも思えた。だが違う。
啜り泣いている。真理子にはわかった。
動揺が、心を鷲掴みに締め上げた。思わず自分の手が胸元の服を掴む。
素直に泣けばいい、喚けばいい。誰も咎めはしない、自然な事だから。この歳の子が泣くなど普通だ。
だけどこの子は、人前で泣かない。あの雨の日からずっと。
その啜り泣く姿は真理子が毎回に見回る度に聞こえていた。
「いやーーー! ぜったいにだめーー!!」
ほんの一瞬、真理子がその場を離れた直後だ。令子の叫び声が聞こえたのは。
慌てて真理子がその場に向かうと、平机に覆い被さるようにしがみつく令子。その姿に驚き、呆然とする泣き顔の男の子の姿が。