小説

『オカシノオウコク』洗い熊Q(『ヘンゼルとグレーテル』)

「令子ちゃん、今度は何作ってるの?」
 真理子は平机に屈み込むように座る女の子に、脇から覗きながら言った。
「ろぐはうすのおうちだよ~」
 令子と呼ばれた女の子は振り向き様も笑顔のままに、聞いてきた真理子に元気に答えていた。
「ログハウスか~。じゃあ、木のお家だ」
「そう、きのぬくもりがあるおうち。あったかいおうちなんだ」
「そうか~、あったかい家なんだ。木の香りがするんだね」
「そうそう」
 女の子はおさげの髪を振りながら、また机に向かう。
 暖かい、木の温もり。テレビ番組のナレーションの受け売りなんだろう。細かい意味など考えず、雰囲気だけ捉えた言葉。
 もうすぐ六歳になる子供らしい答え方。そう真理子は思った。
「あれ? でも令子ちゃん。家の壁はチョコレートの壁なんだ?」
「チョコじゃないよ。ほら、こっちはきだもん」
 令子はその小さな手でお菓子の一枚を取り上げ、真理子に見せる。クッキー板にチョコレートが乗せられているお菓子だ。
「あ、なるほど。そっち側が木になるんだね」
「そうだよ。ほら、もくめもあるもん、もくめ」
「あはは……木目ね」
 クッキーに並ぶ空気抜きの穴。そして紋様に見える薄い焦げ目。それをこの子は木目だという。
 らしい物の見方。年相応。覚えた言葉を直ぐに使いたがる。
 その仕草の一つ、一つ。微笑み返したくなる。
 だが真理子は微笑んだ後に、寂しげな瞳をこの子に送ってしまう。
 慈悲心。哀れんでしまう。この子の素性をよく知っている真理子には。

 
 土砂降りの雨が降る日だった。
 駐在所勤務の巡査から施設に連絡があったのは。あの女の子が一人でいると。
 あの女の子――そう聞いただけで真理子は施設を飛び出していた。

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