小説

『オカシノオウコク』洗い熊Q(『ヘンゼルとグレーテル』)

 ――悪まで噂だ、証拠はない。その時は。
 だが施設でも市の担当者も、令子を保護する方向で動いていた。その旨は近所の駐在所にも連絡していた。
 その最中で起きた置き去り。
 後に両親二人共に遠出をしている事実はあったが。
 帰ってきている筈の三週間を過ぎても連絡が取れない。家にも帰っていない。行方不明。
 子供に対する蛮行に行き場のない憤怒はあるが、その両親の生い立ちを考えると、情状の気持ちを抱くのも真理子の事実だった。

 
 真理子はお菓子で砂糖まみれになった手を振く為にと、ぬるま湯で浸した布巾を絞る。
 絞った水がステンレスの流しを振るわし打つ音。
 ――あの子に為に私はこんな事しか出来ない。
 水が一緒に真理子の心を打つように、絞る都度に考えてしまう。
 しかし、あの子だけを特別扱いは出来ない。ここの施設には似たような境遇の子ばかりだからだ。
 望まなく家族から離された子。
 望んでも家族から突き放される子。
 そんな子ばかり。令子だけが特別ではない。
 真理子が布巾を持って部屋を覗き見ると、令子は相変わらず机に向かって原曲のない鼻歌を続けていた。
 お菓子のチョコレートの部位や粉砂糖を湯煎で溶かすと、固まる前に付け合わせる。
 溶かす部位が無い菓子やスナック菓子は水あめを使って付け合わす。
 工作というには粗末。しかしこの子は、市販の菓子から大人達の想像を超える立派な家を創り上げる。
 いつも出来上がりは大人の両の掌に乗る位、大きさのお菓子の家。家の中もびっしりと菓子が詰められ、持った位では崩れないほど頑丈な家だ。
 初めて作った時には施設の全員が驚いた。この歳の子が創造するには不自然な程だったからだ。
 でもそれを作った御陰か。
 それから施設の他の子達と令子の距離が縮まったことは確かだ。
「まりこさん、お兄ちゃんがくれたおかしまだある~?」
 令子が振り向きもせず、布巾を置きに側に来た真理子に聞いた。
「この間、また新しいお菓子を送ってくれたよ。持ってくる?」

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