小説

『オカシノオウコク』洗い熊Q(『ヘンゼルとグレーテル』)

 スカートの裾が地面に打ち付ける降雨と、靴裏が巻き上げる雨水でぐっしょりと滴れる中。
 道の真ん中いた男性二人。
 黒い合羽に身を包んだ近所の巡査と、黒く大きめの傘を差し、その場でしゃがみ込む若い男性。
 その傘の下に、この子がいた。
 ずぶぬれになって垂れ下がる髪、服。黄色いサイドバックを胸の前にぎゅっと握りしめならが抱えるその顔。
 睨みつける様な表情。泣くのを我慢している、そう見えた。
 しかし真理子が近づこうとも、話しかけようとも。その後、濡れた服や髪を乾かす合間もだ。
 この子は泣かなかった。
 巡査の話では、この子が雨の中、とぼとぼと歩いてる姿を見かけ声をかけた時、若い男性が後を追いかける様に現れた。
 その男性から真理子への連絡先を聞いて巡査が電話を。
 巡査もこの子の素性は知っていた。真理子とも面識があった。
 だからあの女の子と――詮索することなく巡査は、真理子がこの子を施設に連れて行くことを了承した。
 その日から施設からも市の担当者からも、そして警察からもこの子の両親と連絡を取ろうとはした。
 だが連絡は取れていない。
 その日からそのまま。
 この子はずっとこの子は一人で施設にいる。

 
「まりこさん、おちゃわんにおゆをくださいな」
 令子が机の上に綺麗にお菓子を並べながら真理子に言った。
「お湯ね。あんまり熱くしないけど、火傷に気をつけてね」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。あと、あと~、水あめもくださいな」
「はい、はい。今、用意するからちょっと待っててね」
「はい~」
 そう言って平机から振り向き様に令子は笑顔で答えていた。
 口元は歯を見える笑顔。だが目許はしっかりと開けた瞳で見つめ返してくる。
 目は笑っていない。この子の本当に笑った顔を見たことがない。真理子は笑顔を見る度にそう思う。
 令子は机の上に並べたお菓子を前に、自分愛用の文房具鋏を持ち出す。

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