小説

『オカシノオウコク』洗い熊Q(『ヘンゼルとグレーテル』)

 刃先に丸みがあり、刃渡りも小さな鋏。
「ふん~ふんふん~ふふん~」
 令子は何の歌からは分からない鼻歌を口ずさみ、鋏を広げきって持ち、その刃渡りで押さえたお菓子達を切ってゆく。
 この歳の子が鋏を持つのは不安だが、切れ味が悪そうなその鋏で令子は器用に菓子を半分、そのまた半分と切ってゆく。
 ざくっ、かつん。ざくっ、かつん。
 調子よく切れる音、机に落ちる刃音。その手捌きを見ると、怪我をするという不安は覚えない。
 真理子は部屋を出際に、平机に座り向かう令子の後ろ姿を振り見る。
 楽しげに小さく左右に揺れる彼女の後頭部。小刻みに揺れる二の腕。
 まりこさん――この子は大人達をさん付けで呼ぶ。
 下の名前で。おじさん、おばさんなど。親しみのある呼び方はしない。
 おふざけや真似事ではない。
 真理子はその強制のある言い回しを聞く度に、この子が今まで暮らしきた環境に闇を感じずにはいられなかった。

 
 最初のきっかけはあの若い男性からだった。
 令子の母親の二十代の元不倫相手。
 付き合っていた女性の子供が虐待を受けているかも知れない。
 市の担当者と共に施設の代表として向かったのが真理子だった。
 令子の母親も父親もまだ三十代、真理子と近い歳。若い夫婦の一人っ子。
 母親の印象は最近の若い派手な細身の女性に見え、父親はガタイの良い施工業を営むような風貌だった。
 無論、最初は頑なに否定した。そんな事実はないと。
 長い期間と、忠実に足を運び訪問を繰り返す。
 自ずと周囲から令子の家庭の様子も、事情も周囲から聞こえてきた。
 両親共に薄幸な生い立ち。母親は親類とは絶縁状態。父親は母子家庭で似たり寄ったりの素性だった。
 望まれないのに生まれ堕ちたのが令子。生まれ一緒になったが、初めはそれでも良い夫婦に見えたという。
 子供が大きくなるに連れ、家族が一緒にいる姿を見なくなった。
 夫婦共々に不倫をし、その歪みが子供に降りかかる。
 母側からは直接に、父側からは不倫相手の女性から。父親はそれを傍観していた。

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