小説

『オカシノオウコク』洗い熊Q(『ヘンゼルとグレーテル』)

「もし気分が優れなかったら言って下さい。直ぐに中止します。強制ではないので」
「……大丈夫です」
 決意を固める様に真理子は深く頷いた。
 それを見て女性が扉の前に立つ。静かに検視室の自動扉が静かに開いていった。

 部屋の中は更に薄暗かった。
 外壁上にある天窓からの光が天井を反射し、下に堕ちるのみ。
 用途の知れない機材、器具が並ぶ合間、部屋の中央に。
 光源を抑えた無影灯に照らされる、遺体二つを覆う白いシーツが並んで見えた。
 意を決して近づいてゆく真理子。
 だが彼女は思わず声を漏らした。
「えっ……」
 遺体を覆うシーツが、異様に膨らんでいたからだ。
 大人という寸法を超える膨らみ。人いうより巨大な魚類や鰭脚類の死骸が横たわっているようだった。
 真理子は目を疑った。
 令子の両親はどちらも痩せていた。生前の二人を見れば有り得ない大きさ。
 何なのこれは!?
 シーツの下を真理子は想像できなかった。いや、拒絶した。
 前頭葉が想像を拒否し、送られてくる酸素を拒絶する。視野の周囲から暗やみ玉響に歪む。
 ふらついた真理子は音を立て、側の機材に倒れ込む様に寄り掛かった。
「大丈夫ですか!?」と彼女の反応に女性が直ぐに寄り添った。
「……平気……大丈夫です」
「一旦、外に出ましょう。さあ、私に掴まって……」
 真理子は女性に掴まりながら部屋の外へと出た。

 廊下に用意された長椅子に真理子は顔を覆いながら項垂れ、座っていた。
 手も冷たかったが、それ以上に顔も冷たい。自分でも蒼白になっているのに気付く。
「大丈夫ですか?」と女性が気遣うように聞く。
「ええ……今は」
「確認は中止しましょう。無理はなさらずに」
「……すいません」

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