小説

『オカシノオウコク』洗い熊Q(『ヘンゼルとグレーテル』)

 そう返すと令子は部屋へと戻った。
 瞳を見て走った虫唾。悪寒。
 あの子の瞳の何に怯えたのだろうか。
 部屋を覗き見、平机へと向かう令子の背中を見ながら、真理子は言い知れぬ不快さを抱いた。
 そうしていた時だ、また携帯に着信があったのは。
 番号表示だけの画面。だが真理子はその電話番号を見て驚いていた。

 
「わざわざお越し頂いて有り難う御座います。お願いします」
 そう言い、恭しく真理子にお辞儀をする白衣姿の女性。きっちとした生真面目そうな面持ち。
 真理子も丁重にお辞儀を返す。
「いえ、とんでもありません……私なんかで良かったんでしょうか?」
「ええ、助かります。とりあえずこちらです……」
 女性の先導で長く、薄暗い廊下を歩き出す。二人以外、廊下には誰もいなかった。
 コツコツとやけに響く二人の足音の最中、沈黙を嫌うように真理子は女性に伺った。
「……正直、驚きました。巡査さんから連絡を受けた時は」
「何分、御二人共を御存知なのが施設の方のみだったので……それに、令子ちゃんのサンプル提供も有り難う御座います」
「はい……あの、それは必要な事なんですか?」
「必要な鑑定処置です。気になさらずに」
 素っ気なく事務的な回答。それが真理子は気になった。
「あの……御夫婦の捜索願が出されていたんですね。私、知りませんでした」と真理子が聞いた。
「詳しい事は知りません……旦那さんがお付き合いされていた女性に対しては出されていたそうですが」
「親類から願いはなかったんですか?」
「何も、だそうです。身元確認も拒否されて、こちらとしても当惑してます。遺体引き取りもどうなるか……」
 その話を聞いて真理子は遣る瀬無い気分になった。
 子供を置き去りにした親とは云え、その親である。
 最期だけでも、見送りに来るのが人との摂理だろうに。
「こちらになります」
 女性が立ち止まり、無機質に光を反射する扉を示した。
 言い知れぬ重い空気の扉に真理子は息を呑んだ。
「こちらの検視室に御二人の御遺体があります。お顔だけ見て頂き、御本人達かどうかの確認を」
「はい……」

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