小説

『クリとネズミとタイガーと』柏原克行(『金の斧』)

「これで、ほぼ一旦は仕分け終わったかな…。後はこの不合格者の中から更に厳選して絞っていくとするか。続きは明日にしよう。」
 とっくに日は沈み闇が覆っていた。一仕事を終え両の手を頭上に突き上げ椅子に腰掛けたまま背を反らし姿勢を伸ばすと自然と渇いた声が唸り出た。それと同時に鬱屈したモヤモヤも消え失せ今は只、ある種の達成感にのみ感情を支配されるだけであった。寧ろそれは考えることを自ら拒否し任を果たしたという達成感で罪の意識を押し殺しているに過ぎない。

 一先ず仕分け終わった候補者達のファイルを混ざらぬ様に合否別それぞれに分け一纏めにしようとバインダーを手にした時の事だった。バインダーの中から一部のファイルがひらりと抜け落ちゆっくりと床に舞い落ちた。
「まだ誰か残ってたんだな。でも自ら落ちたんだ。不合格でいいよな。」
そう言ってやおらファイルを拾い上げると目を疑った。
「ん?小野大我…これって俺のファイルじゃないか!?」
 自分の顔写真と目が合った刹那、首筋から背筋にかけて、まるで水滴か何かが伝っていくような冷たく総毛立つ感覚を覚えた。
「分からない、分からない!一体どういうことだこれは?」
 このリストに自分のファイルが存在すると言うことは、大我自身も今回のリストラの候補者であることを須らく意味するものである。さっきまで他の候補者達を選別出来ていたのは、ある意味において自分は彼等よりも上の立場であるという優位性があればこそだ。自分はリストラの憂き目に遭うことはない会社に必要な人間だ。安全圏にいる。なんなら今日を以ってその圏内に移れたのだと何処かで安堵していた。だからこそ人格を疑われても可笑しくない様な個人的な基準での、あの作業も可能であったのだ。同じ立場の人間が同じ立場の人間を捌くことなど真に出来ようものか。
「なんじゃ、まだおったのか?」
「課長!」
 ふと声の方に目をやると根津がドアの前に立っていた。彼は何かを察したような虚ろな目で大我を見つめている。今朝、初めて顔を合わせた好々爺の表情はそこにはなかった。
「知ってたんですか?これのこと。」
 自分のファイルを根津に掲げた、その手は小刻みに震えている。怒りなのか悲しみなのか或は知らずに選定を重ねていた自分の滑稽さに依るものなのか。しかし、その震えは直ぐに治まった。根津の神妙な面持ちは、彼の次の発言を大我にに静かに待たせるだけの気迫があった。

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