小説

『クリとネズミとタイガーと』柏原克行(『金の斧』)

「えーっと、先ずはこの人から…。総務部の阿部さんか…。」
 候補者のリストを一部づつ順に捲っていき、その人物像やデータに目を通し気になる人物をピックアップしていく。一先ず大我の御眼鏡にかなえば合格の箱にファイルを入れられ、そうでなければ不合格の箱に入れられるといった具合である。
だが…
「これ、どうすんだよ…。」
 一通り候補者達のファイルに目を通した所で弱音とも取れる戸惑いの声が自然と漏れた。確かに候補者達にそこまでの差が有るのかどうかということすら判断が難しい。まして会社にとって不必要であるかどうかさえ決められない。何なら自分よりも優秀と思える人ばかりだ。ファイルに記載されたデータだけでは差別化は困難だろう。当然である。決定権を持つ大我はその人物がどんな人物であるかすら詳しく知らないのだから。そうなると矢張り大我の好みやファーストインプレッションの良し悪しに頼らざるを得ないのは道理である。
「うわぁ…事務の酒井歩美さん、すっげぇ美人だなこの人。それに20代でまだ若いのに…。取り敢えず合格…だな。まぁ好みのタイプなら残すだろそりゃ。」
 視覚から得る印象は何を差し置いても、その人物を判断する上で一番大きなウェイトを占める。特に女性は顔の良し悪しがどうしても一番の取っ掛かりとして最適であった。見掛けで判断する事しか出来ないこの状況下では致し方ない。
「次は…何て読むんだ?勘解由小路是清…かでのこうじこれきよ…、読み仮名振ってなきゃ読めねーよ…不合格!その次は寺川聖母…聖母と書いてマリアと読むのかぁ…キラキラネームかよ!不合格だ!マリアってどう見ても名前負けしてる!しかも苗字と名前で宗教観がメチャクチャだろうがっ!!」
 時にはルックス以外のステータスにおいても大我の感性に何かしら引っ掛かる箇所があればそれは合否を別ける判断に影響した。
「吉田薫…うーん特にパっと見、可もなく不可もなくだけど…社内で三股してた過去があるだって!?、…見掛けに依らずエロいなこの女、よし合格にしよう!」
 こんな調子でこの作業を続けていく内に思考がマヒしていくのが解る。最早、選考は思考ではない、閃きに由来している。その方が悩まない分、大我に返ってくる苦しみは幾分か少ない気さえするのである。
「えーっと、山重徹…あっ山さんだ!山さんには営業部時代、凄く世話になったんだよなぁ。そっかぁ山さん程の人でもリストラの候補に…。よくご飯に連れてって貰ったっけ。こりゃあもう合格にするしか…いや、でもいつだったか社員旅行で温泉に行った時に将棋でボロボロに負かされたよなぁ。王手からの待ったは無しだって…。山さん、すいません。待った無しです!不合格!」

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