小説

『クリとネズミとタイガーと』柏原克行(『金の斧』)

 そう言うと根津はリストラ候補者のデータが詰まったファイルが纏められている大きなバインダーから幾らかファイルを抜き取り机の上に広げた。我が社の業績はそこまで悪化しているのかと心配になるぐらい、その数は意外過ぎるほど多い。
「でもどうやって?選ぶ基準とかってあるんですか?」
「問題はそこなのよ!」
「この様にリストラ候補自体は上が選んでここに下ろしてくるんじゃが、ワシらはこの中から更に厳選してリストラ当該社員を決定しなきゃならん。」
「でも上が選んだ時点でどの候補者にもそう大差ない訳よ。それがまた厄介な話でさぁ。誰を選ぶか誰を残すかは存外、個人の好みに寄りがちなのよね~。」
「いっそのこと候補者全部をリストラできれば楽なんじゃが、そうもいかんからな。例え今回リストラから外れてもこの先どうなるかの保証はないんじゃし、いずれにせよ先行きは乏しいのは間違いなかろう。」
「じゃぁ、どう転んでも後味の悪くなる、そんな汚れ役を敢えて三課にやらしてる訳ですか?上は!」
「決定権だけを委ねられておるだけの簡単な仕事に見えるが、これが中々…。」
「ある意味、究極のお仕事よね~。それだけの権限を持ってるとはいえ、他人の人生なんだし~。メシが不味くなっちゃうわよ。」
「何て言ったら良いのか正直…。」
「実はこれを今回、小野君主導でやって貰いたい。」
「え!来たばかりの僕がですか?」
「これが三課のメインの仕事であるからのぉ。まぁ慣れろとは言わん。じゃが私情を挟むなとも言わん。直感で構わん。」
「内部調査結果や日頃の勤務態度から個人成績、人間関係の良し悪しに至るまでありとあらゆるデータはファイルと一緒に網羅されてるから、それも参考にするといいわ。そもそもこのリストに名を連ねてるってだけで問題有りアリな社員なんだけどね。」
「確かにそうでしょうけど…。あっ!?」
 何気なく手に取ったファイルには知った顔がチラホラある。イズミの言う通り元いた第三営業部が候補者の巣窟であるというのも強ち間違った情報ではなさそうだ。それだけにこの仕事がどれだけ難しいものになるのか想像するに余りある。知った顔があれば判断に影響を及ぼすのは止むを得ない。情が湧くからだ。またリストに挙げられた候補者達にそこまでの優劣が無いのであるとすれば、それは最早、明確な選定基準が無い事を意味するのだから。それを単なる平社員の大我が下さなければならないのだ。

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