小説

『クリとネズミとタイガーと』柏原克行(『金の斧』)

 良くも悪くも段々と調子は上がって来る。深く考えなければどうということは無いのかもしれない。無慈悲と蔑まれようが全権を委ねられている身。権力を手にした者はとかく傲慢になり易い。傲慢で良いのだ。同情すれば限がない。リストラを選ぶ側と選ばれる側、そこには埋める事の出来ない優位性が存在するのだから。自分は彼等よりも上の存在である、そう思うことで大我の絶対的権限は加速するのであった。
「服部権蔵、三重県伊賀出身と…。伊賀出身で苗字が服部、影は薄いがフットワークが軽い…完全に忍びだろコイツ!大方、ライバル企業の産業スパイってとこか…不合格だな。」
 選定作業も進んで来ると、こじ付けや言い掛かり、邪推、妄想…何でもアリになって来る。只、なるべくとして選定理由を同じものにしないと決めた。そこだけは真剣に取り組んでいるのだという自負と大我なりのせめてもの礼儀と美学であった。
「次は佐々木希!?…ってビックリした、同姓同名か。あんな超有名美人モデルと同姓同名ってある意味、キツいよな~。100%イジられるもんなぁ。その気が無くても色んな場面で比べられるよなぁ。不憫ではある。まぁファンでもあるし、この人は残すとするか。え~と次は、おっ!この人も同姓同名だ。田中義剛さん…微妙だな。不合格で!」
 最早、真の目的であるリストラの選定もボヤけて来そうなくらい選考があらぬ方向に行っている気もするが、これくらい行き切ってなければ限られた情報だけでは限界があり到底、リストラの選定など出来そうにないのである。一方でそれは不意に背負わされた過度のストレスを和らげんが為の手段でもあった。大我は大前提として、ふざけている訳ではないのだが、敢えて選考に若干の遊び感覚を加える事でその重責や罪悪感からある程度の距離を保っているのである。真剣に深く考えれば考える程、選考は暗礁に乗り上げるだろう。そうなればイズミに渡された胃薬だけでは持ちそうにない。
「次は高見沢恭子か…。ん?高見沢だって!?ちょっと待てよ、確か…。」
 その候補者のファイルを見た途端、何かを思い出したかの様に大我は不合格の箱に手を伸ばすと、自分の手で不合格に追いやった中からある二人のファイルを抜き取った。
「あった。あった。」
 そして直ぐさま先程のファイルと一緒に二枚を机に並べて見渡して見る。
「坂崎に桜井、そして高見沢。三人揃ってTHE ALFEEだ。良かったなぁ高見沢さんが居なかったらお前達二人危なかったぞ。こっちの高見沢さんは女性だけど救われたな。二人にとってまさにメリーアンってとこだな。三人とも合格!」
 意外でもないが顔の好みや出身地等の共通点以外でも、この様に選定基準は作ろうと思えば幾らでも簡単に作れるのだ。只それは大我にのみ理解しうる何かしらの基準でしかないのだが現時点では選定に於いて限りなく有効な手段であると言える。無論そこにリストラに該当しうる確信に至る何かが存在する訳ではない。飽くまで先に触れた優位性から成る大我という人間の奥底に見え隠れする排他的パーソナリティに依存するのみの所業である。

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