「いや、まあ、そうだな。娘がそんな男がいるらしいと言っていたもので。その、心配になっただけです」
「そうですか。もう安心して下さいと伝えてください」
だが、そこで大きな疑問が生まれた。そうだ。そもそも私は壮年の男だ。被害にあうとは考えにくい。なぜあの男は私に股間をさらしたのか。女子高生に張り倒されたならやはり一般的な変質傾向もあったのだろう。
ひょっとして、私はただのデモンストレーションだったのか。取るに足らない相手だったのか。それとも逆に好敵手として見定められていたのだろうか。
「まあ、でもこの時期は変なやつが多いから気をつけくださいね。裸にコート、なんてのはどこにでも現れますから」
「はは、そうですな」
言われながら下世話なものと一緒にするなよと釘を刺す。奴の真意は測りかねるが共に美学を追求する者同士の、独特の親近感が温もりとなって心に宿る。そんな感情に浸っていたためか、交番を出ると小さな子連れの母子にぶつかりそうになるすんでのところで身をかわす。だが子どもが持っていた飴を落としてしまった。
「失礼」
さっとかがんで拾い上げる。だが落ちた飴をまた与えるわけにもいかない。
「すみません、弁償します」
「あ、いえとんでもないです。こちらこそ。コートに飴つきませんでした?」
母親がコートに注目する。私は手で払うようにしてコートのラインをかくす。
「すごい、いいコートですね」
まわりこんでまで見てくる。私は咳払いでけん制する。
「あら、首筋にタグが出てますわ。ソーイングセットがありますの。切って差し上げます」
「そ、そうですか、いや、もう帰るので結構」
あまり注目されるとまずい。外からではわからないだろうが中はやはり全裸だった。いや、なんなら裸以上の仕込みがなされているのだ。いびつな凹凸に気付かれるとまずい。押し問答に見えたのかおまわりがでてきた。
「どうしました」
くそ、めんどくさいな。いや。汚い言葉を使ってはダメだ。平穏を保て。聖書のマタイ5章を暗唱する。人と人との関係を破るのは怒りや恨みである。これらは愛にとってかわらねばならない。
「なんでもありません。坊やの飴を落としてしまって」
そうですか、とおまわりは奥さんを舐めまわすように視線を絡める。平和な午後にこそ蛇は獲物を狙うのだ。