小説

『ケテルの羅針盤』柘榴木昴(『裸の王様』)

 おまわりが目がくらんでいる隙に逃げ出した。
 思い切り走るとコートはまくれ上がりライトがガチャガチャと鳴った。回復したおまわりが追いかけてくる。私はコートを脱ぎ捨てる。生まれたままの姿で駆ける。風を感じる。これは私が生み出している風だ。私が空気を裂いて駆け抜けるからこそ生まれる風。
 まて、まてと後ろから声が聞こえる。無垢な裸身とぶるんぶるんまわる私のさらけ出された秘蹟。ほら、羅針盤の針がぶるんぶるんまわっているぞ! 奴等は私の耽美な一物を秘匿せよと躍起だ。そうだ、それでいい。この秘宝が世に出るのは早すぎる。このありがたみが、奴らにはわからないのだ。愚かだ。愚かなものには見えないのだ。この私の優美さが。走るがいい。無様に走るがいい。隠されようとする私は今、語り継がれる伝説になるのだ。

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