「良かった~。杏音ちゃん、見つからないんだもん」
「……それ、誰がやったの?」
計算されつくしたナチュラルメイク。メガネの代わりに黒目が大きく見えるコンタクト(でも盛りすぎてはいない)。重たい黒髪はふわふわに巻かれ、サイドを編み込んでまとめている。
誰かが詩絵良に魔法をかけたことは明白だった。
「真帆ちゃんがやってくれたの。準備に時間かかって来るの遅くなっちゃった」
納得した。真帆ちゃんはお隣に住む美容師さんで、前から素材はいいのに残念な詩絵良を磨きたがっていた。
「へぇ、可愛いじゃん」
私はいつもの感じで言った。けれど、変な動悸がしていた。隣を見ると、大路は「誰?」と言いたそうな顔。
「あ、これ妹」
「杏音ちゃんの妹の詩絵良です!」
「あ、どーも」
モヤモヤと不愉快な感情が込み上げてくる。
「詩絵良、ピアノは?」
「このあと行くよ。あと一時間したら帰る~」
早く帰れ。
「それまで詩絵良も一緒にいていい?」
絶対に嫌だ。邪魔しないで!
でも、詩絵良を追い払ううまい言い訳が思いつかない。優しい大路は詩絵良の申し出を断るはずがなく、結局、私と大路と詩絵良の三人で校内を見て回ることになった。
詩絵良は人見知りしない。初対面の大路に対してもいつもの調子でどんどん話しかける。普通の男子なら詩絵良のキャラに引くところだけど、大路はいつもの人懐こい笑顔で受け答えしている。
私もいつものように振る舞っているものの、内心は不愉快でしかたなかった。
私たち三人の会話の中心が、詩絵良になっているからだ。
詩絵良なんて来なきゃよかったのに。せっかく大路と二人でいたのに。
最悪な気分のまま、三人で模擬店を見て回った。ヨーヨーをすくい、ジュースを買って飲んだ。大路も詩絵良も、楽しそうに笑っていた。そしてたぶん私も、笑っていた。