小説

『飼育』植木天洋(『人魚姫』)

 バスタブから抱き上げた感触を思い出す。そういえば、なんだか知っている感覚だな、これはまるで―—テレビで見たアザラシの飼育員みたいだな。うん。
 僕が一週間限定ミッションとして手渡された「人魚」は、おとぎ話で見聞きしたそれとは全く違った。いや、上半身が美女で下半身が魚。それは大体合ってる。
 でも、海神ポセイドンの令嬢である神話性だとか、鼠の国のヒロインになった赤毛の人魚とはなんだかイメージが違う。
 なんていうか・・・・・・すごく・・・・・・野性だ。いやもっと正直に言うと、ケモノだ。
 無邪気といえばそれまでかもしれないけど、山の熊さんが気さくにハグをして人間はポッキリ折れ曲がってしまうような感じだ。
 根本的なモノが何か違う。そこには夢もロマンも性欲もない。
 ふは〜ぶくぶくぶぅ〜と浴槽に身を沈める彼女は、幸せそうだ。冷たい塩水に浸かっているというのに、まるで温泉でくつろいでいるような様子だ。
 しかしその浴槽、あくまで学生向けワンルームの一人用浴槽。風呂好きな僕はワンルームでも風呂トイレ別でバスタブが大きめなのを気に入って物件を決めたのだけど、預かり一日目にして豪快にバスルームを占拠された。さらに先輩から送られてきた彼女の食料や塩の袋で部屋の半分が占められている。
 ―—彼女とはさあ、イギリスのマルドンにいった時に出会ったんだ。船でふい〜っていってたら、顔をひょこって出したんだ。う〜ん、一目惚れだったかもね。どこに出会いがあるかわからないなッ―—
 それで人魚を拾って帰ってくるのだから、先輩のパワーはどれだけなのだという話である。ワシントン条約とかひっかからないのか? 外来生物法とか関係ないのか?
 そもそも人間なの? 魚なの? どっちなの?? 少なくともFBIのどこか隅っこの部署でしか取り扱いのない案件の生物ですよね?
 世紀の大発見―—UMAだ。いやもう未確認とか言ってる場合じゃない存在感なんだけど、ややこしくなるから考えるのはやめよう。
 とにかく一週間が過ぎたら、彼女は無事先輩の元へつき返す―—僕はちょっぴり預かっただけだから何があっても無関係だ―—と思いながら、ぬめぬめとして魚臭い服をまとめてゴミ袋につっこんで、きつく封をした。
 それから―—腰にバスタオルを巻いて、シャワーを浴びた。彼女はアヒルに夢中で僕のことは放ってくれている。基本的に空腹でなければおとなしい人なのだ。人? 魚? もうどっちでもいいけど。
 とにかく、さすが人魚と言うべきか、観てくれは悪くない。いやむしろかなりの美女だ。
 でもそんなテレビやネット以外で見たことのない半裸の美女がいるにもかかわらず、相変わらず僕の下半身は冷静そのものだった。

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