小説

『カノン』柿沼雅美(『花をうめる』)

 ははっと笑う花音の声が天井まで響いた。階段を歩きながら、花音が立てる上履きの音が綺麗に感じた。
 「そんな綺麗な名前あるんだって思ったんだってば。それにほら、名前の由来話してくれたじゃん? 今でも全部が羨ましいよ」
 「えー全部? よく覚えてるね」
 「覚えてるよー。いろんなことが出来る様にってCan onの意味が込められてるとか、お父さんがクラシックが好きでカノンっていうのも。旋律が追いかけて何重にも綺麗な毎日を重ねられるように、でしょ?」
 「すっご、よく覚えてるね。私でさえ聞かれても何だっけってなるのに」
 「うらやましかったんだもん。それに、大人っぽくて見た目もかわいくて、ほら、こないだだってスカウトされてたじゃん」
 「スカウトが羨ましいの?」
 「ちがうけど!」
 私が強く否定すると、花音がごめんごめんと笑った。
 教室に戻ると、黒板に書かれている、卒業まであと30日、が目に入ってきて、寂しさに引き戻された気がした。
 はーい、と急に天野さんがスマホを私たちに向けてきて、反射的に花音と私はTTポーズをして見せた。
 卒業式までにクラスの写真をいっぱい撮って、アプリでアルバムにするんだと言っていたのを思い出して、卒業したらこの写真を私はどこでどんな気持ちで見るんだろうと思った。
 「卒業したら会えなくなるね」
 私がぼそっと言ったのを花音は聞き逃さなくて、そう? としれっと返事をした。ズズズっと紙パックを一気に吸い込んだ。
 「そんなことないんじゃない? 別に大学違くても会えるっしょ」
 「そうだといいんだけど」
 そうしようね、と言おうとしたとき、斎藤くんが花音に向かって走ってきた。
 「ねぇ、これお前? すんごい盛ってんじゃん」
 斎藤くんはインスタを私たちに見せた。インスタには、知らない男の人と化粧をした花音がほっぺをくっつけて映っていたり、ぬいぐるみを頭に載せて2人で笑っているものがあった。
 「え、これ花音じゃん」
 私が言うと、花音は、あぁうん、と歯切れの悪い返事をして、紙パック捨ててくるわ、と席を立った。いつもなら私の分も捨ててくれたりするのに、今日は何も言わなかった。
 「斎藤くん、これどしたの、花音じゃん」
 「これ? なんか今年来る若手バンドっていうまとめ記事のやつ。流出ってわけじゃないだろうけど、なんか載ってた。やっぱそうだよなこれ、すげー」

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