小説

『カノン』柿沼雅美(『花をうめる』)

 「謝ることなんもないじゃん。斎藤も心配してたし花音教室戻りなよ」
 「ミカは?」
 私の名前を呼びながら顔をあげた花音は、まつげがふわっとしていて、ブラウスの白色が肌の透明感を増すように光った。
 「私もちょっとしたら行く」
 「そっか」
 「別に私は変わらないから。花音今日も帰り一緒に帰ろ」
 私が言うと、花音は少し安心したような顔をして、うん、と言った。
 私は花音に背を向けて、斎藤が言っていたように、ここかな、と思う土の中に人差し指を突っ込んだ。
 土が柔らかく、すっと指が入っていく。土の中はひんやりしていて、思ったよりもさらさらしていた。
 穴をのぞきこむと、ストローらしきものが見えた。そっと穴を広げてみると、花音が飲んでいたグレープフルーツジュースの紙パックが埋められていた。ストローの口をつけていた部分と、紙パックの水分が残っていた部分にだけ、土がひっついていた。
 紙パックを取り出して、私は泣きそうだった。
 花音はやっぱり私よりもずっと大人で、女の子として大事なことをひとつも共有できていなかったような気がした。なんで話してくれなかったんだろう、バラすと思われてたのだろうか。
 インスタにあったような花音の顔を私には見せてくれないし、きっとこれからも見れることはないんだと思った。私の知らないところで花音はどんな話をして、どんなことを楽しいと思っているんだろう。私たちはきっと友達だけど、それ以上にはなれない。
 それによく大人が言うじゃない? 高校時代の友達は大学になったら会う機会が減るし、社会人になったら友達と遊んだりも減るし、結婚出産したら同じ状況の人がママ友だかなんだかっていう変な名前つけた友達関係ができるって。そのなかで、私は花音を忘れられないけれど、花音は私を忘れてしまうのかもしれない。
 卒業式の日に胸に付けてもらう花が時間がたてば色褪せてしまうように、私たちは色褪せていくんだ。
 私は今が好きだ。花音が好きだ。恋愛みたいにどうこうなりたいということじゃなくても、私は特別に花音という人が好きだ。
 花音はどういう思いでジュースをここに埋めたんだろう。いつもいつも一緒に飲んでいたから、大切なものを埋めるつもりで、綺麗な思い出を埋めるつもりだったんだろうか、それとももういらないと思ったんだろうか。
 私は、花音の埋めたグレープフルーツジュースの紙パックを手で払い、ちょこっと土が残っているストローに口を付けた。唇の真ん中がひんやりとした。舌の上で土の匂いがちょっとした。

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