小説

『僕は惑星』義若ユウスケ(『よだかの星』)

 僕はあせった。
「おいちょっと待ってくれ。考えなおしてくれ。妻は、妻だけは僕に殺させてくれ」僕は懇願した。「なあ古賀たのむよ。一生のお願いだ」
 古賀は激怒した。
「じゃあ俺はいったい誰を殺せばいいんだ! おいアボカド君、答えろ。俺はいったい誰を殺せばいいんだ!」
 アボカド君、というのは僕の高校時代のあだ名だ。お昼休みに食堂でアボカド定食ばかり注文していたせいでいつしか食堂のおばちゃんたちにアボカド君、アボカド君、とちやほやされるようになり、気がつくと全校生徒がそれにならって僕をアボカド君と呼ぶようになったのだ。
 アボカド大好き人間の僕はそのあだ名がうれしくてたまらなかった。だから、たまに僕をアボカド君と呼ばないやつがいるとあくまでもそいつと論を戦わせ、言ってわからない時には張り倒した。はじめのうちはあだ名をイジメだと思って問題視していた先生たちも、僕がアボカド気違いなのを知ってすぐに生徒たちのあとにつづいた。
 名は体をあらわす、とよくいうけれど、僕の場合もそのとおりで、みんなにアボカド君、アボカド君と呼ばれているうちに、だんだんと僕の身体はアボカド化していった。
 はじめは耳たぶが、次は親指が、といったぐあいにどんどんどんどん身体のあちこちが深緑色のアボカドに変身していき、最終的に僕は一本のアボカドの木みたいな見てくれになった。
 ああ、懐かしき高校時代。美しき青春よ。あの頃、僕はいずれ自分の妻となる女に心底愛され、学校では人気者で、未来への希望に満ちあふれていた!
「おい、アボカド君……俺はいったいどうすればいいんだろう。教えてくれよアボカド君。俺は、誰を殺せばいいんだい……」
 途方に暮れたような声で、古賀がいった。すすり泣いているようだった。僕は彼が哀れになって、こう提案した。
「総理大臣を殺せよ、君は」
 うん、わかったよ。といって、古賀は電話を切った。僕は我が青い春に思いを馳せながら、インターネットでピラニアを十匹購入した。
 息子を連れて帰ってきた妻は、なんとか彼の中国語をやめさせようと死に物狂いだった。妻は一日中息子の枕元にひざまずいて大和言葉で話しかけ続けた。しかし天才的な息子はまたたくまに大和言葉をマスターすると、それをもって生まれた中国語と見事に融合させて清少納言も顔負けの和漢混合体でとめどなく喋り散らしはじめた。
 妻は息子の口をガムテープでふさいだ。しかし生後一カ月足らずで体の動かし方を完全に理解した息子はやがて事もなくテープをはがすと、足払いで妻を転げさせ、パンツを脱がし、反対にそれで母親の女陰をふさいでしまった。

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