白石は工場長と交渉を進め、カズトは謎のアンコールを受け三枚目の鉄板を丸める。カズトは思った。外の世界も良いものだ。
翌日から、カズトは工場内の廃車や鉄屑を手当たり次第プレスした。なにしろ数百キロの鉄屑を押し潰すのに、ちり紙を丸めるほどの手間しかかからないのだ。人と話さなくてもいいのも気に入った。
「はい、お前の分。工場長、これで工場潰さなくてすみますーて泣いてやがんの。来週も頼むよ」
全てが上手くいきつつある。仮面ライターも案外悪くない、カズトはそう思い始めていた。給料も手に入ったし、ジョンプも自分で買おう。
ある日の深夜、カズトが白石の車で帰ってくると、部屋で玲がむくれていた。
「お父さんが怒った。最近ご飯手抜きだろうって」
「あのハゲ、ついにDVか。しかし母さんもパートしかしてないんだから、メシぐらいちゃんと作ればよいものを」
棚上げ世界大会というものがあるとすれば、カズトは間違いなく上位に食い込むだろう。
「お母さんね、にいににご飯作るのが楽しみだったのよ。だから腕ふるってたのに、にいにがいらないなんていうから気落ちしちゃって。最近作る気しないなんてボヤくしさ。私たちまでワリくってんだからね」
「そんなことで怒ったのか、あのクソ親父」
「最近お母さんヘンだよ。家にいてもボーッとしてるし」
「俺はメシが無くなったおかげで、母さんと顔を合わせなくなって楽なんだがな」
「……酷い。『漫画も自分で買うなんて自立したわねあの子』って言ってたけど寂しそうだった。にいにお母さんと全然直接話してないでしょ」
「話すっていってもこの姿では……いや、何でもない」
ニートの最大の問題点はここにある。子供が一方的に親に依存しているように見えるが、親もまた子供に依存しているという点だ。親がとうに成人を過ぎた子供の世話を“生きがい”であると錯覚してしまう自己欺瞞的心理操作。大下家もその例外ではなかったのである。無論、カズト本人はそんなことに気づいてもいないのだが。
しかし次第にカズトも、家族の不協和音に気付きはじめていた。
仮面ライターの聴力をもってすれば、階下の話し声を聞くことなど造作も無いことだが、その内容がここ最近変化しているのだ。