小説

『カエルの婿』木江恭(『カエルの王様』)

 またカエルが来ている。
 庭の縁側にちょこんと座って、リビングの大きなガラス窓の右下からじっとこっちを見つめている。黒っぽくてぬるっとした見た目と大きな目が怖くて、わたしは漢字ドリルを放り出して台所のママのところに逃げ込む。
「ママ」
「なあに」
 ママは流しの水を止め、手を拭いながら優しく答える。
「カエル、また来てる」
「あら、もうそんな季節」
 洗い物で冷えた手のひらがわたしの頭をそっと撫でる。
「本当に律儀なカエルさんねえ。あんたたち、どっちが約束したのかいい加減思い出した?」
 毎年梅雨の時期にカエルが姿を見せると、ママは決まってわたしたちにそう尋ねる。王女様を迎えにくるカエルのお話の絵本は、最初にカエルが来た日に本棚の一番奥に押し込めたのに。
「あたしじゃないよ」
 食卓で割り算の宿題を広げているおねえちゃんが言い返す。
「あたしじゃないからユウカしかいないでしょ。かわいそうなユウカ!カエルのお嫁さん!あーかわいそう!」
 にやにや笑って歌いながら、おねえちゃんは問題集の上で爪にキラキラしたマニキュアを塗っている。
「こら、ナナカ、あんた宿題は?」
「明日ケンジくんに写させてもらうからいいもん。それかアキラくん」
「駄目よ、そんなの」
「何で?二人とも絶対断らないもん、あたしのこと好きだから」
「そうじゃないでしょ!」
 そのまま口喧嘩を始めたママとおねえちゃんから離れて、わたしはソファでビールを飲んでいるパパにすがりつく。
「パパ」
「どうした?」
「カエル怖い」
「大丈夫だよ」

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