小説

『REBOOTER / リブーター』結城紫雄(『変身』カフカ)

 大下カズトが目を覚ますと、自分が虫に変わっているのを発見した。頭を持ち上げると、筋肉で膨らんだ緑色の腹筋が見える。額に手をやると、眉間に細い二本の触角が生えていた。
 どうしたことだ、と彼は思った。夢ではない。見回す周囲は、汚すぎるとはいえ、人間が住める最低レベルを少々下回った部屋、平均的なニートの部屋である。
 カズトはニートであった。壁には声優ユニット「Q’s」の写真が掛かっている。引きつった表情の少女の隣で、半豚半人の妖怪もといカズト本人が満面の笑みを浮かべた地獄絵図。カズトはニートにして声優おたくであった。
 起き上がったカズトは、今一度虫になってしまった姿を鏡で確認してみた。目は赤く大きく腫れあがり、顔の下半分を占める大きな口には鋭い歯が並んでいた。腰には風車を模したベルトが鈍く光っており、その羽根は微かな音をたて回っていた。え、ベルト?
 寝ぼけた頭でカズトは思った。これは虫ではく、虫人間と言うべきだろうか。いやしかしこの姿はどこかで見たことが――
「これは」茫然自失のカズトは呟いた。「仮面ライターじゃん」

“仮面ライター本河内タケルは魔改造人間である。
フリーライターとして世界を飛び回る彼は、宇宙征服を企むショッパーによってその体を魔改造されてしまった。
悪と戦え、仮面ライター!”

 ドアがノックされ、カズトは我に返った。
「カズくんおはよう。お母さんパート終わったからね。『ジョンプ』置いとくからね」
 母は早口でそう告げると、そそくさとドアを離れた。多くのニートがそうであるように、カズトもまたパラサイトであり引きこもりでありクズ野郎であった。彼女に週何度か買わせている雑誌は曜日感覚を維持するのに欠かせないものだ。今日は『少年ジョンプ』すなわち月曜だと、母が階段を下りる音を聞きながらカズトは思った。そして俺はどうやら仮面ライターになってしまったらしい。
 カズトには両親と妹がいる。今最も怖れなければいけないのは、家族にこの姿を発見されるという事態であるが、さほど心配はない。母は昼パートに出ているので問題はない。妹はここ数年口も聞いてくれないので問題はないがさびしい。父親は給料さえ入れてくれれば問題はない。夕飯も母が部屋の前まで持ってきてくれるし、そもそもここ数週間家族とは顔を合わせていない。
 問題は、このような異形になってしまった原因だ。このままの姿では外出できないし(する必要はないが)就職もできないし(するつもりもない)声優ライブにも行けないし(ギリ行けるかも)。しかし考えても仕方がない。とりあえずジョンプを読むか。カズトがそう決めて、ドアを数センチあけ漫画雑誌を部屋に引き入れた瞬間、家に怒号が響いた。

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