「ババア!これ『赤丸ジョンプ』じゃねえか!」
いかん。つい大声を出してしまった。扉の外で母のおろおろした声が聞こえる。ごめんね、カズくんごめんね、お母さん馬鹿だから間違っちゃった買いなおしてくるからねごめんね。媚びた声が神経を逆撫でするが、ここで怒っては姿を見られてしまうかもしれない。カズトは努めて声を落ち着け答えた。
「怒ってねえよ早く買ってこいよ。あと『ヤングジョンプ』とも間違えんなよな」
ドアの向こうが黙ったので、カズトは焦った。声はさほど変ってないはずだが、いや数週間ぶりに口をきいたから不審に思っただろうか。この姿を見られたらどう言い訳しよう。カズトが緊張で手を握り締めた時、母の明るい声が返ってきた。
「わかったわカズくん。今度はちゃんと買ってくるね」
遠ざかる足音を聞きながら、カズトは安堵のため息を漏らした。
「パラサイトから虫になったわけか。前進じゃん」
白石が間延びした声で言った。家族に相談できるはずもなく、八方塞りとなったカズトは、中学校の同級生であり、現在はニート友達の白石を内に呼んで打開策を練ることにした。彼は医学部を目指す七浪生、というのは表向きの姿で、その実予備校の授業料をギャンブルにつぎ込む体重三桁の豚である。その生活を七年続ける荒業も親が開業医、彼がブルジョアニートだから出来る所業であった。
「で、戻る方法って言ってもさあ」
と白石はポテチを頬張った。彼は意外にもカズトの姿にさほど驚きを示さず、これはライター新一号か?それとも旧二号かな?などと体を撫で回す。ポテチを食べた手で触らないでほしいとカズトは思う。
「でもカズトよー、仮面ライターが人間に戻るシーンなんて見たことなくね?」
特撮ドラマは変身シーンこそが華である。人間へと戻る過程など視聴者も作り手も気にはしない。事件が一段落して物影から出てきた時は人間の姿に戻っている、それがお約束というものだ。
「あ」白石が呟く。
「ライターって、たまに強い衝撃を受けて変身が解けることがあるよな」
「それだ」カズトの声が上ずった。「強い衝撃を与えてもらえばいい!」
「お前馬鹿だな」
白石はチッチッ、と指を振った。いちいち癪に障る。本当はこんな奴など呼びたくなかったが、スマホには家族とコイツしか入っていないから仕方がない。仮面ライターとは孤独なものだ。まあ変身する前から孤独だったけど。