小説

『REBOOTER / リブーター』結城紫雄(『変身』カフカ)

 母親の声がにわかに明るくなった。
 カズトは舌打ちをした。バイトぐらいで喜んでんじゃねえ、あんなもの高校生だってやってるぜ。ちなみにカズトはバイトどころか面接に行った経験も皆無である。
「最初は大変だろうけど頑張ってね。あ、お弁当作ってあげないと」
「いらないっつってんだろ」
 ドアを蹴飛ばしたくなったが止める。今蹴ったらそのまま母親ごと貫通してしまう。諦めた母の足音が遠ざかり、カズトが足を引っ込めた時、
「にいに」
 唐突にドアが開いて、玲が入ってきた。
「玲」先ほどの勢いはどこへやら、カズトは不意をつかれてよろめく。
「ちょっとこないだのスーツ見せてよ。なんだ今日も着てるの?どれだけお気に入りなの」
「お、おう、いや白石がこれ着て生活しろって」
「?」
「ほらこう、イベント本番に備えて、ライターになりきって生活しろ、的な」我ながら苦しい言い訳である。玲が神妙な顔で頷いた。
「なるほど役作りか」女は簡単だ。スイーツ(笑)。
「しかしよくできてるねコレ」玲がぺたぺたと体を触る。マスクに顔色が変わる機能がついていないことをカズトは祈った。玲はスーツと思っている体がその実カズトの本体、皮膚そのものなのだ。
「オダジョリ・ギーが出てる回のライターからハマったんだけどさー、やっぱりライターのデザインは昭和がいいよね」「そ、そうか」「グロテスクさと格好良さのせめぎあい。魔改造人間の悲哀。そーゆーのが平成ライターには足りないの」「ふむふむ」「確かにタケルくんは格好いいけどさー」「フォカヌポウ」
 カズトはそれどころではなかった。玲が一人で俺の部屋に来るなんて何年ぶりだろうか。仮面ライターにもなってみるものだ。

 白石が仕事の話を持ってきたのは、それから一週間後のことだった。笑止!ニートに仕事の話とは。ガンジーにK-1観戦させるようなものだ。

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