小説

『カエルの婿』木江恭(『カエルの王様』)

 カエルが焼酎のグラスの縁を舐めている。
「……カエル」
 わたしが呟くとカエルがびくっと数センチほど飛び上がって、ぎょろりとした目をこちらに向けた。
「こりゃどうも失礼。網戸が開いていたもので、ついつい上がらせていただきました」
「ああ、そう」
 わたしはふわふわと答える。
カエルが喋っている。そうか、やっと酔っぱらえたのだ。
「これはなんというか、奇妙な飲み物ですな」
 カエルはワイングラスに顔を近づけて首を傾げる。
「少なくとも我々にはあまり好ましくはない。人間には美味かもしれませんが」
「美味しくはないよ。酔っ払いたいから飲むの。それだけ」
「ははあ。我々には酔っ払うということがよくわかりませんが、まあ、楽しいものなんでしょうな」
「楽しくないよ、別に」
「はあ?」
 カエルの声がひっくり返る。あ、駄洒落。
「よくわかりませんなあ。美味しくはないが酔っ払いたいから飲む。しかし酔っ払うことは別に楽しくない。じゃあ結局、何のために飲むのです」
「忘れたいから」
 わたしは腕を伸ばしてカエルに触った。皮膚は思った通り、ぴたりと冷たく湿っている。
「あちっ」
 カエルは慌てて身を退き、目を三角にしてわたしを睨んだ。
「お嬢さんどうぞご勘弁を!人間の体温は我々には熱すぎるのですよ、そんな風に触られては火傷をします」
「じゃあどうやってお嫁さんにしてくれるの?」
「は?」
 童話ではお姫様はカエルを鷲掴みにして壁に叩きつけた。それでカエルは呪いが溶けて王子様に戻り、二人はハッピーエンドにたどり着いた。
それにしても全く、このお姫様の変わり身はなかなかのものだ。カエルは嫌だけど王子様なら即オーケーなんて、中身は同じなのに。

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