小説

『カエルの婿』木江恭(『カエルの王様』)

「やっぱりユウカ、あんたを迎えに来たんじゃないの」
「違うよ」
 わたしにはちゃんとマサヤがいるもの。だけどまだその話は両親にしていなかった。姉の結婚式が終わって少し落ち着いてからにしようと思っていたから。
 娘ふたりが相次いで、なんて、父の涙は枯れてしまうかもしれない。披露宴での泣きっぷりを思い出してわたしはくすくすと笑ってしまう。
「やあね、何笑ってるの」
「別に」
 玄関のドアが開く音に紛れて、カエルの声が聞こえた気がした。ゲコ、ゲコ。

 いくら飲んでも酔っぱらえない。
 だけど身体は確実にアルコールを吸収していて、関節が痛いし寒気もする。頭だけがいつまで経ってもはっきりとしていることに苛立って、ワインを煽る。かっと焼ける喉に温い夜風がべたべたとまとわりつく。せっかく窓を開けているのにちっとも涼しくない。
空になったグラスを叩きつけるように置く。その隣に、さっきまで自棄酒に付き合ってくれていた父の焼酎のグラスがぽつんと取り残されている。
あまり飲み過ぎるなよ、だって。今日飲まなくて、一体いつ飲めばいいんだろう。
 今日は親友のリカの結婚式だった。友人代表としてわたしはスピーチをした。何ヶ月も前から書いては直し、読んでは直し、血を吐く思いで書き上げた感動巨篇だ。リカは冒頭数行で泣き出して、新郎に肩を抱かれていた。新郎は、マサヤだった。
 ユウカにお願いしたいの、一番大事な友達だから。無邪気に笑ったリカは知らない。わたしがこの数年マサヤと寝ていたことも、その間にマサヤがリカと付き合い始めたことも、スピーチを依頼される前日にわたしがマサヤに関係を切られたことも。
 恋人だと思っていたのはわたしだけだった。マサヤにとっては、いつでも削除できる便利なオトモダチに過ぎなかった。
 いつもそう。ナナカが不登校になった時も、好きなのに上手くなれなかったバスケの部活でも、誘いを絶対に断らなかったサークルでも。いつだってわたしは二番手三番手の補欠扱い。
 誰も、わたしを待っている人なんていないんだ。
 ゲコ、と聞きなれた声に、いつのまにか閉じていた目を開く。

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