小説

『桃井太郎と女たち』常田あさこ(『桃太郎』)

「すみません」
「どうなさいました?」
 関西なまりのイントネーションに、勝手に親近感を抱く。
「先ほどの講義で理解できないところがあったんですが、質問してもかまいませんか?」
「どこです?」
「この『消費者ニーズの分析』に使われている手法なんですけど……」
「それ、知ってどうなさるんです?」
「はい?」
「失礼ですが、ご所属は?」
「水島工場の、生産管理です」
「生産管理……」
「桃井と申します」
「桃井さんは、消費者ニーズについて詳しく知る必要はないでしょう? そういうんは、本社の人間がやりますから」
「はぁ……まぁ……すみません……」
 気の強い女性だと思った。ショートヘアがよく似合う、自分よりもずいぶん年下の彼女に気圧されて、私は帰り支度を始めた。
「いいですよ」
「はい?」
「これから、飲みに行きませんか?」
「はぁ……」
 社内の人間とはいえ、初対面の若い女性とふたりきりで食事をしてもいいのだろうか。そんな思いがよぎった。
「空井さんと水戸さんも行かへん?」
「ご迷惑でなければ」
 ふわっとしたボブヘアを揺らして、色白の女性は、ふわっと笑った。
「私もご一緒したいです。一応、母に許可をもらってきます」
 メガネをかけた女性は、サラサラのロングヘアをなびかせながら、スマホを片手に出て行った。
「あの……」

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