小説

『桃井太郎と女たち』常田あさこ(『桃太郎』)

「水戸さん、そんなにうれしかったの?」
「だって、いがらしゆみこ先生の美術館で、お姫様になれたんですよ? それって、私もキャンディ・キャンディってことじゃないですか!」
「うん?」
 倉敷駅までの道のりは、水戸さんの独壇場だった。こんなに喜んでもらえているとを知ったら、先生も本望だろう。
「桃井さん、夕食は?」
 そう問われて腕時計を見た。今から戻れば夕食には間に合う。妻には「遅くなる」とは言ってこなかった。
「……帰って食べます」
「ですよね」
 男の沽券に関わるので断っておくが、妻に気兼ねしたわけではない。今日は朝から歩きまわって、ずいぶん疲れていた。早く帰って休みたいと考えていた。なにせ、祝日である明日も彼女たちに同行するのだから。
「これ、奥様に」
「いやいや、そんな……さすがに、いただくわけには……」
「お気になさらないでください。ほんの少しですから」
「そうです。いがらし先生へのお布施みたいなものですし」
「はい?」
 半強制的に渡された袋からは、キラキラの瞳のキャラクターが見えていた。これを持って電車に乗ると思ったら、背筋が寒くなった。

 三連休の最終日も見事な青空。普段から時期は晴天に恵まれがちではあるが、それにしても最高のコンディション。天も彼女たちに味方しているようだ。
「おはようございます」
 彼女たちは、スーツケースを引いて、少し硬い表情で登場した。今日は午前中のうちに神社をまわることになっている。そこまで広くはないトランクに、三色のスーツケースを載せる。
「吉備津彦神社から、お願いします」
「セクハラになってしまいますが……縁結びですか?」
「いえ、安産祈願です」

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