小説

『桃井太郎と女たち』常田あさこ(『桃太郎』)

「それよか、鰆の押寿司のがおいしそう」
「私は、栗おこわを狙っています」
「ビール、飲んじゃう?」
「いいですねぇ」
「昼から飲むビールって、これでもか! ってくらい、おいしいですよね」
「しかも、新幹線でって、よくない?」
「就職して、初めて実家に帰ったときだったかな。新幹線でビール飲んでて、ふと『あぁ、自分はオトナになったんだな』って思いました」
 ホームまで送ると言ったのに、キッパリと断られた。走り出す新幹線を追いかけながら手を振る、というシチュエーションに憧れていたので残念だ。
「本当に、ありがとうございました」
「おかげさまで、いい旅になりました」
「また、東京にいらっしゃる際には、ご連絡ください」

 彼女たちを乗せた新幹線は、東へ向かう。また明日になれば、彼女たちは、職場という名の鬼が島でバッサバッサと鬼退治をする。鬼のような上司。鬼のような量の仕事。鬼退治をする彼女たちは、鬼に媚びるような女性たちからは、煙たがられる存在だ。
 金棒を必要としないくらい強く見える彼女たちも、本当は、弱くて繊細なのだ。誰かに甘えてしまえばいいのに、それができない。神様にお願いすることしかできない。
 どうしようもなく泣きたい気分のときに、彼女たちが安心して泣ける場所は、はたしてあるのだろうか。胸を貸してくれる相手は、いるのだろうか。
 私は、桃太郎のように、彼女たちを家来にしたり、鬼退治に連れて行ったりするような存在にはなれない。けれど、彼女たちが安心して泣ける場所になら、なれると思う。だから、泣きたくなったら、いつでもおいで。
 そんなことを言ったら、きっと岩佐さんはセクハラだって騒ぐんだろうな。水戸さんは「なんですか、それ! 何かのキャラの萌えゼリフですか?」とか言いそう。空井さんはクスクス笑って本気にしないかな。
 いつになるのかわからないが、次に会える日がとても楽しみだ。彼女たちはきっと、今よりもっとステキに輝いているに違いないから。

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