小説

『桃井太郎と女たち』常田あさこ(『桃太郎』)

 助手席の岩佐さんが自分のおなかに手を当てたことに、後部座席のふたりは気付いていないようだ。
「……いつ?」
「問題なければ、秋に」
 カーラジオから流れるヒット曲が、我々の会話をカモフラージュする。
「父親は? 社内の人?」
「いえ。大学院生です」
「じゃあ学生結婚ですか?」
「結婚はしません。別れました」
 サル年の岩佐さんは立派なアラフォー。ひとまわり以上も年下の大学院生と「そういうこと」になっていたとは。
 別れを告げたのは、きっと彼女だ。相手に背負わせるわけにはいかないと、ひとりで産み育てる決意をしたのだと思う。今回はあきらめるという選択肢もあるけれど、年齢的に「次」があるとも限らない。彼女の胸のうちを思ったら、やりきれない気持ちになった。
「いってきます」
 決意の表情で、岩佐さんが車を降りる。
「いってらっしゃいませ」
「どうぞ、ごゆっくり」
 ふたりは、スマホを操作しながら、やる気なく送り出した。
「おふたりは、いいんですか?」
「いいんです」
「……そうですか」
 戻ってきた岩佐さんは、スッキリした顔をしていた。

「しっかりお願いしてきなさい」
「ファイトです!」
「ありがとうございます! いってまいります!」
 敬礼を残して水戸さんは背中を向けた。ドアが閉まってから、おそるおそる聞いてみる。
「縁結び祈願ですか?」

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